表紙目次文頭前頁次頁
表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 35

 腕の中で、姫はかすかに震えていた。 それが恐怖のためか、それとも人を殺めた緊張と興奮のせいか、メイヨーにはわからなかった。 おそらく、両方が入り混じった反応だったのかもしれない。
「シモーヌ殿を捕らえなければ。 腹心のナダールが私を暗殺しようとしたのだから、言い逃れはできないはずよ」
 はっきりと憎しみの篭もった声が、メイヨーの耳を打った。 メイヨーはすぐに礼儀正しく姫を放し、素早く囁いた。
「警備隊長のミシェル・ラプノー様にお知らせします!」
 勇んで走り出そうとしたメイヨーを、ブランシュ姫の手が引き止めた。 包帯の陰の目が、大きく見開かれていた。
「血が! 切られたのね!」
 そう言われて、あらためてメイヨーは肩のあたりに視線を落とした。 傷のことなど、すっかり忘れていた。
「大したことありません。 放っておけば直ります」
「いいえ! 手当てさせて。 ここに軟膏があるから、坐って」

 ベッドに横坐りして、姫は枕元の棚から小さな壷を取り、次いでメイヨーの胸に手を伸ばしてシャツの前をくつろげた。
 濃緑色の軟膏を、横に走る傷口に塗ろうとした指が、つと止まった。 眼が、胸に下がる鈍い銅色の物体に釘付けとなった。
 その半円形のものを手に取って、姫は囁き声で尋ねた。
「これは?」
 メイヨーは、ぎこちなく微笑した。
「わかりません。 なんでも、拾われたときから首にかかっていたそうです」
 そう言いながら、彼が爪で軽くこすると、その部分だけがキラッと輝いた。
「おふくろが……俺を拾ってくれたホセフィーナっていう占い師が、絵の具を塗って汚くみせかけたんです。 金色のままだと盗られてしまうからと」
「そう」
 姫も囁きを返した。 そして、ペンダントから手を離し、長い指で器用に軟膏を塗りこんだ。
「さあ、終わったわ。 これで、後々膿んだり痛むことはないでしょう」
「ありがとうございます」
 メイヨーは頭を下げて、立ち上がろうとした。
 その首に、すっと腕がまきついた。 驚きでメイヨーがしびれたようになっている間に、熱い唇が彼の口に触れ、強く押し当てられた。

 彼がはっと気付いて抱き返そうとしたとたん、腕が引かれた。 姫は、半分だけ見える口元で、微笑もうとしていた。
「あなたを祝福します。 無事にラプノー殿を見つけられますように。 気をつけてね。 用心に用心を重ねて。 あの女は悪賢いわ。 罠に落ちないようにね」
「はい!」
 全身に力がみなぎった。 メイヨーは足に羽が生えた気分で、ドアに向かって駆け出した。






表紙 目次前頁次頁
背景:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送