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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 30

 ナダールらしい美丈夫は、首をかしげ、両手を大きく広げてみせた。
「確かに止〔とど〕めを刺したと思ったんだが」
「思っただけじゃ駄目じゃないか。 ちゃんと息が絶えたのを確かめないと」
 品のない言葉遣いでまくしたてた女は、口を曲げて付け加えた。
「三度目の正直だからね。 今度失敗したら、こっちの足元に火がつくんだよ」
「わかったよ。 まかせとけって。 息が止まるまで、絶対手を放さねえよ」
 このやりとりは、どう見ても妃と部下のものではなかった。 こいつらは仲間で、しかも育ちの悪い者同士だ、と、メイヨーは立ち聞き内容から判断した。

 盛んに身振りを交えて小声で相談しつつ、二人は廊下を遠ざかっていった。 自分の隠れ場所と反対側に行ってくれたので、メイヨーはほっとして、額の汗を拭った。
 心臓が不吉にがんがんと鳴っていた。 息が止まるまで手を放さないだと? 今度は、何をたくらんでいるのだ。 首を締めるつもりなのか?
 いや、それでは跡が残る。 殺人だとばれてしまう。 そうとわからずに窒息死させる方法は……。
 さっとメイヨーの顔が上がった。 ある方法に思い当たったのだ。
 敵は大胆不敵で、しかも人を欺く芝居がうまい。 これまでずっと、可憐な妃と冷徹な補佐官の役を演じ続けて、まったくばれなかったではないか。
「夜まで待つとは限らないぞ。 既に危険は迫っている!」
 十五分。 四半時あれば、彼らは目的を達することができる。 いつも付き添っているコリンヌでも、そのくらいの時間は部屋を空けることがあるだろう。
 飛鳥〔ひちょう〕のように身をひるがえして、メイヨーは走り出した。


 メイヨーが息せき切って、控えの間に飛び込んできたため、椅子に座って物思いにふけりながら刺繍をしていたコリンヌは、仰天して腰を浮かせた。
「あな……あなた……!」
「すみません、アンリ・メイヨーという者です。 姫様から名前を聞いていませんか?」
「メイヨー? え、ええ」
 刺繍の枠を横へ押しやって、コリンヌはすぐに彼の傍へ来た。
「どうしたの? そんなに焦って」
「姫様の護衛をさせてください!」
 大切な人なんです、私には、という本音が、喉まで出かかったが、なんとか押し止めた。






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