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――ラミアンの怪物――
Chaptre 29
「熊のせいで、みんな神経が尖ってるんだ。 あの部屋は、頑丈に鍵がかかっているはずだ。 中に入れるわけがない」
「でも、聞こえたのよ! 気味の悪い声で、『今度こそ逃がさないぞ』って」
洗濯女のマリー・ディジョンは、両腕で体を抱くようにして震えた。
急いで手押し車を馬屋に運んでから、メイヨーは素早く引き返してきた。
「熊の後は幽霊ですか? 面白そうだな。 水晶の間ってどこですか?」
「南の塔の四階よ。 本階段を上って、右に曲がって三つ目の、左側の部屋」
身軽に走っていこうとするメイヨーに、カピュランは眉をしかめた。
「おい! 藁は……」
「全部運びました!」
「ルフーの世話は」
「終わりました!」
その声は、すでに相当遠ざかっていた。
教えられたとおりの道筋をたどって上ると、大きな杉の扉に行き当たった。 なるほど戸口には蹄鉄のような形の閂がかかり、押しても動かなかった。
閂に目を近づけて見ると、うっすらと埃が積もっていた。 ここから誰かが侵入した形跡はない。
――扉からじゃないとすると、どこかに秘密の入口があるはずだ――
部屋の外壁を念入りに探ってみたが、回り扉や隠し戸はないようだった。 続き部屋があるだろうかと、注意して廊下を左右見渡していたとき、常人より鋭いメイヨーの耳は、ドアが開くかすかなきしみ音を聞いた。
五歩ほど離れた別の扉がゆっくりと開き、男の頭が出て周囲の様子を窺った。
石造りの廊下は、シーンとしていた。 誰の姿も見えないことを確かめて、男は部屋の外へ忍び出てきた。
おそらくこれがナダールだな、と、太い柱の陰に身をひそめたメイヨーは、ごく狭い壁との隙間から男を観察して思った。 実に堂々とした美丈夫だ。 まっすぐな黒い髪の毛に、鋼のような灰青色の眼がよく似合う。
その背後から、きゃしゃな女性が顔を覗かせた。 正体を知らなかったら、谷間の百合〔=鈴蘭〕のような楚々とした美人だと感心してしまうところだった。
清楚な美女は、頭から顔の輪郭にかけてすっぽり覆った被り物の裾を、うるさそうに背後へはねのけた。 そして、かわいい口を歪めると、憎々しげに呟いた。
「まったくあの小娘、どこまで悪運が強いんだか!」
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