表紙目次文頭前頁次頁
表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 28

「それでは、そろそろお暇します。 できれば明後日の夜にでも、またご報告に伺います」
「明日は来られないの?」
 心細そうな響きだった。 そのかぼそい声を耳にして、メイヨーは自分でも思いがけないほど、ぐっと胸を衝かれた。
「毎晩遅くまで出歩くなと、馬屋頭に注意されてしまいました。 明日はおとなしくしています。 疑われないように」
「では明後日の晩に。 頼りにしているわ」
 天蓋が揺れ、夜目にも白い手が、すっとメイヨーの前に差し出された。 メイヨーは、ぎこちなくその手を自分の掌で受け、唇を置いた。
 手には、薬草の甘い匂いがほのかにただよっていた。 心臓がどきどきしてきたため、メイヨーは慌てて立ち上がった。 そして、冗談ぽく囁いた。
「入ってくるときは、石を投げて番兵の目くらましをしたのですが、帰りはさて、どうするかな」
「心配ないわ。 控え室を通り抜けていきなさい」
 メイヨーはびっくりした。
「でも、そちらには侍女の方が……」
「コリンヌには話してあります。 それに、そっと通れば目を覚まさないでしょう」
 一瞬ためらったものの、メイヨーはすぐ、言われたとおりに動いた。 頭を下げて別れの挨拶をすると、影のように扉に近づき、閂〔かんぬき〕を上げて、控え室に姿を消した。

 男が去って数秒後、姫の寝室の奥に下がったどっしりした緞帳の陰から、女が一人忍び出てきた。 その女は、姫の寝台に近寄って上半身を入れ、早口で密談を交わした後、メイヨーの後を追うように、控え室へと入っていった。

****************************


 翌朝、食事の後にメイヨーが、馬鍬を使って藁を手押し車に積んでいると、金切り声を上げながら女が裏庭を突っ切ってきた。
 メイヨーは、農具を宙に浮かせたまま、女が通り過ぎるのを見守った。 彼女は、何事かと馬屋から出てきたカピュランに飛びついて、のぼせた様子で訴えた。
「す、水晶の間で、声が……!」
 しがみつく女に、カピュランは当惑して咳払いした。
「落ち着け、マリー。 水晶の間って、前のお妃様のお部屋か?」
「そう! お妃様が亡くなってずっと開かずの間になってるの。 なのに、前を通ったら、中でお、お、女の人の声が〜 ……!」
 やれやれ、という表情で、カピュランはメイヨーに向かって、手を広げてみせた。







表紙 目次前頁次頁
背景:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送