――ラミアンの怪物――
Chaptre 28
「それでは、そろそろお暇します。 できれば明後日の夜にでも、またご報告に伺います」
「明日は来られないの?」
心細そうな響きだった。 そのかぼそい声を耳にして、メイヨーは自分でも思いがけないほど、ぐっと胸を衝かれた。
「毎晩遅くまで出歩くなと、馬屋頭に注意されてしまいました。 明日はおとなしくしています。 疑われないように」
「では明後日の晩に。 頼りにしているわ」
天蓋が揺れ、夜目にも白い手が、すっとメイヨーの前に差し出された。 メイヨーは、ぎこちなくその手を自分の掌で受け、唇を置いた。
手には、薬草の甘い匂いがほのかにただよっていた。 心臓がどきどきしてきたため、メイヨーは慌てて立ち上がった。 そして、冗談ぽく囁いた。
「入ってくるときは、石を投げて番兵の目くらましをしたのですが、帰りはさて、どうするかな」
「心配ないわ。 控え室を通り抜けていきなさい」
メイヨーはびっくりした。
「でも、そちらには侍女の方が……」
「コリンヌには話してあります。 それに、そっと通れば目を覚まさないでしょう」
一瞬ためらったものの、メイヨーはすぐ、言われたとおりに動いた。 頭を下げて別れの挨拶をすると、影のように扉に近づき、閂〔かんぬき〕を上げて、控え室に姿を消した。
男が去って数秒後、姫の寝室の奥に下がったどっしりした緞帳の陰から、女が一人忍び出てきた。 その女は、姫の寝台に近寄って上半身を入れ、早口で密談を交わした後、メイヨーの後を追うように、控え室へと入っていった。
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翌朝、食事の後にメイヨーが、馬鍬を使って藁を手押し車に積んでいると、金切り声を上げながら女が裏庭を突っ切ってきた。
メイヨーは、農具を宙に浮かせたまま、女が通り過ぎるのを見守った。 彼女は、何事かと馬屋から出てきたカピュランに飛びついて、のぼせた様子で訴えた。
「す、水晶の間で、声が……!」
しがみつく女に、カピュランは当惑して咳払いした。
「落ち着け、マリー。 水晶の間って、前のお妃様のお部屋か?」
「そう! お妃様が亡くなってずっと開かずの間になってるの。 なのに、前を通ったら、中でお、お、女の人の声が〜 ……!」
やれやれ、という表情で、カピュランはメイヨーに向かって、手を広げてみせた。
背景:May Fair Garden
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