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――ラミアンの怪物――

Chaptre 23

 おずおずと手を伸ばして、メイヨーは姫から指輪を受け取った。 指先が暗闇の中で、ほんの僅か触れ合った。
「水差しを用意したのは、侍女のコリンヌです。 あなたは彼女がやったと思う?」
「いえ」
 メイヨーは手短に答えた。
「犯人は怪しまれないようにするはずです。 水を替える役目の侍女が、その水に毒を入れるなんて危険すぎます。
 他にこの部屋へ入った人間は?」
 ブランシュは頭の中で数えた。
「医者のデュケ、父上と腹心のミシェル・ラプノー、義理の母上と護衛のナダール。 それだけよ」
「では、その誰かです」
 メイヨーの答えは、きっぱりしていた。

 再び衣擦れの音がして、姫が囁いた。
「明日までゆっくり考えてみるわ。 また夜に、ここへ来られる?」
 しばしの沈黙があって、メイヨーは息だけで答えた。
「見張りをまくことができたら、来ます。 でも、もし来られなくても、必ずお近くでお守りします」
「頼もしい言葉ね。 私はきっと……」
 そこで言葉が途切れた。 急に咳が出たのだ。 コホンコホンという高い声に、隣室が目覚めて呼びかけてきた。
「姫様? ご無事ですか?」
 コリンヌが起きてくる気配を察して、メイヨーは素早く窓に飛びつき、細くこじ開けて屋根に忍び出た。 窓の鎧戸が閉じた直後に、控えの部屋から灯りが洩れて、蝋燭をかざしたコリンヌが寝室へ入ってきた。

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 翌朝、城の中庭で、ジャン・ピエール・ラプノーに命じられてメイヨーが馬に鞍をつけていると、黒っぽい服を着た美人があたふたと階段を下りてきて、料理番と大声で話しているのが聞こえた。
「困ったことになったわ。 ブランシュ様の水入れをうっかり床に落としてしまって、真っ二つ! ここに新しい水差しはないかしらねえ?」
「あたしにゃわからないよ」
 料理番はにべもなく言った。
「食器係のラントンがこっそり逃げちゃったからね。 ヴィラールさんならわかるかもしれない。 訊いてみたら?」
「そうね。 いつも忙しがっている人だから、捕まえるのが大変だわ」
 目立たないように姿勢を変えて視線を送り、メイヨーは急ぎ足で去って行く美人の特徴を記憶にとどめた。 あれがブランシュ姫の侍女、コリンヌなのかと。





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