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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 22

 ベッドの脇にひざまずいている若者に、ブランシュ姫はそっと問いかけた。
「名前は?」
 若者はぎくっとして、慌てて答えた。
「メイヨーです。 上はアンリで」
「アンリ・メイヨー。 覚えておくわ」
 メイヨーは首を垂れ、遠慮がちに言った。
「ずっと気を失われているという話でしたが。 お目覚めになって、よかったです」
「あれは、うるさい見舞いを避けるため、父とデュケ医師が考え出した口実です」
 もじもじと膝を踏み換えた後、メイヨーは思い切って訊いてみた。
「あのう、熊に襲われたときのことは……」
 とたんに姫が身動きしたため、メイヨーは慌てて後ろに下がった。
「すみません! どんなに怖い思いをされたか、お察ししているのについ」
「覚えていないのです」
 細い囁きが返ってきた。
「とても眠かった。 ぐっすりと眠りに落ちているところへ、不意に襲って来たから、わけがわからないうちに」
「そうですか……」
 メイヨーは、がっかりした様子を隠し切れなかった。 被害者から当時の話を聞けば、どういう状況だったのか少しは判明すると思っていたのだ。
「後ろで人声はしませんでしたか? 命令とか口笛、または鞭の音とか」
 少し間が空いた。 それから姫はまた体を動かしたらしく、衣擦れの音がした。
「いいえ。 覚えがないわ」
「人を襲うように調教するのは、熊の飼い主にとっても危険なことです。 普通はまずやりません」
 そこがメイヨーにとって、もっとも納得のいかない点だった。
「ですから、自分だけには反抗しないよう、厳しく仕込むはずなんです。 何も聞こえなかったというのは……」
 メイヨーが考えこんでいると、天蓋がかすかに揺れて、白い手が空中に現れた。 その指から、鈍く光る小さな物が、メイヨーの胸辺りに差し出された。
「これを取って。 あなたに上げます」
 驚いたメイヨーが顔を上げると、暗がりに慣れた視線が、寝台の奥にきらめく目を、片方だけ捕らえた。
「あなたはわざわざ遠くから城に来て、私の命を救おうとしてくれた。 さっきの水差しには、毒が入っていたのでしょう?」
 メイヨーはためらった。
「獣でお命を奪えなかったから、あるいは次の手段を使うかもしれない、と思いまして。 こっそり忍びこんで、申し訳なかったのですが」





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