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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 20

 熱心に話しているうちに、シモーヌがまた咳込んだため、護衛官のナダールが進み出て、厳めしい声を出した。
「奥方様も病み上がりの身。 長居はなりませぬ」
「そうね」
 心残りそうにもう一度、寝台に横たわったブランシュに視線を送ってから、シモーヌはゆっくりと寝室を出た。 コリンヌと話しこんでいた小間使いのジョゼットが、急いでその後を追っていった。

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 その夜、空にはおぼろげな三日月がかかっていた。 よく晴れた、風の強い夜で、外通路の番人は十時頃になると、上着の襟を立てて身震いした。
「うう、寒。 調理場へ行って、火酒でも貰ってくるかな。 腹あっためないと、どうにもならん」
 酔えば今度は眠くなる。 わかっていたが、見張り当番の若者はたかをくくっていた。 熊は森へ逃げたのだ。 姫に害をなす生き物は、もう近くにはいないはずだ。
 二度ほど大きく伸びをした後、彼は剣を手に持つと、そっと足音を忍ばせて、廊下から階段の暗がりへ消えていった。

 少し時が経ち、別の姿が外廊下に現れた。 猫のように足音をさせずに、その男は屋根の上を歩き、修理した窓に近づいた。
 懐から出した一本の棒が、魔法のような動きをした。 頑丈に止めたはずの掛け金をするすると外して、鎧戸に隙間を開けた。
 その狭い隙間から、男は体をうねらせて中にすべりこんだ。 コトリとも音をさせない。 泥棒だとしたら、文句なく腕利きだった。

 姫の寝室の中は、戸外より更に暗かった。 しかし、男は確かな足取りでスツールを避〔よ〕け、寝台の近くにある小テーブルに歩み寄り、上に載った水差しを手に取った。
 中の液体に鼻を寄せて、匂いを嗅いだ後、指を一本ひたして、男は味を確かめた。
 そして、息だけで呟いた。
「キツネノテブクロだ」

 それは、有名な毒草の名前だった。 男は水差しを掴んで窓に戻り、中身を屋根にすべてこぼして捨てた。
 窓の隙間から差し込む弱い月明かりを頼りに、抜き足差し足で部屋を歩き回っている男の姿を、一対の眼がほとんど瞬きもしないで、追い続けていた。





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背景:May Fair Garden
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