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――ラミアンの怪物――

Chaptre 16

 若者はすぐに頷き、長い上着を脱ぐと、シャツの袖をまくり上げた。 それから、さりげなく馬屋に近寄って、油断なく睨んでいる種馬ルフーに手を差し伸べた。
 すると、奇跡に近いことが起こった。 知らない人間が傍に来ると、必ず鼻息を吐き散らして竿立ちになり、猛烈に威嚇するルフーが、ひょいと首を出して、その手に鼻をつけたのだ。
 あっけに取られたカピュランの腕から、飼葉桶〔かいばおけ〕が地面に落ちた。 若者は、ルフーの長い顔を撫でた後、きびきびと戻ってきて、その飼葉桶を拾い、馬の前に持っていった。 ルフーはさっそく弓なりの首を入れて、元気よく食べ始めた。

 籠を持って見守っていたマリーが、くすくす笑い、こう言い残して歩み去った。
「一本取られたわね、ユーグ。 あの子、力がありそうだし見かけもいいわ。 雇ってやんなさいな」
 カピュランは鼻を鳴らしたが、一応そっけなく若者に呼びかけた。
「まあ、馬に好かれる性質のようだな。 ヴィラールさんにお伺いを立てて、いいと言われたら雇ってやろう」
「助かります!」
 若者は、カピュランの前に走り戻ってきて、帽子を脱いで一礼した。
「アンリ・メイヨーです。 ナンシーの近くから来ました」
「今まで何をして働いていた?」
「農家の手伝いです。 でもご主人が死んじゃって、小麦も今年は不作で、人べらしされたんです」
「ついてなかったな」
 カピュランは薄い口髭を、無理してひねった。
「言っておくが、この城は今取り込み中なんだ」
 意味ありげなカピュランの様子に合わせて、メイヨー青年も声をいくぶん落とした。
「そうですってね。 大道芸の一座が、大きな熊をおっ放して逃げたんですって?」
「怖くないか? 物陰から不意にワッと出てくるかもしれんよ」
「熊は、ほとんど足音がしないらしいですね。 足の裏が猫みたいになってるんですと」
 メイヨーは、煽るように言った。 そして、首を伸ばして、裏庭を見渡した。
「水飲み場は、と……ああいうところが危ないですよ。 熊はがぶがぶ水を飲みますから」
「そうだな、熊だって生き物だからな」
 カピュランは改めて思い当たった。
「逃げてから、もう三日経っている。 喉が渇くはずだ」
「村の噂だと、口輪をはめられていたとか。 それじゃ、餌も水も取れませんよね」
「じゃ、城のどこかにまぎれこんで、腹をすかせ、喉はからからで、一段と凶暴になってるってことか?」
 カピュランは体を引き、ひどく顔をしかめた。





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