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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 15

 熊の捜索は、ミシェルの部下六人を使って、目立たぬように行なわれていた。 しかし、城の部屋は全部で百近くある上、入り組んだ廊下や階段、控えの小部屋など、熊が入りこみそうな場所は限りないといってもいいほどで、なかなか見つけ出すことができなかった。
 その間に、客たちは続々と城を去っていった。 城主のエドゥアールは、ブランシュ姫を見舞った後、一日も早い快復を祈って、城内の教会堂に篭ってしまった。 そのため、家路につく客人はミシェル・ラプノーかヴィラールに挨拶していったが、中には何も言わずにさっさと消えてしまう者もいた。
 潮が引くように、人々は不吉な城を後にした。 さすがに、姫の婚約者の弟マルタン・サン・ドネルは、暗い影がたちこめた城内を心配して、手伝うことはないかと申し出た。 しかし、ラプノーが丁重に断わると、ほっとしたように部下を連れて帰っていった。

 気がつくと、城はガランとなっていた。 客だけではなく、使用人までが密かに逃げ出していたのだ。 慌てたヴィラールが、給金の三割増を約束したが、それでも事件の二日後には、下働きや馬番など男女十人以上が姿を消した。

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 馬屋頭のユーグ・カピュランは、久しぶりに飼葉桶を抱えて、ぶつぶつ言いながら藁を詰めこんでいた。
「やれやれ、こき使われる側からようやくこき使う側に出世したと思ったら、下っ端共が半分以上逃げちまって、この有様だよ、マリー」
 乾いた洗濯物を籠に山盛り抱えて、裏庭から戻ってきたマリー・ディジョンは、そっけない口調で言い返した。
「無理ないわよ、ユーグ。 人食い熊がうろついてるのよ。 私だって今すぐ逃げたいけど、こんなにお給料のいい勤め口は他にないから、出ていく決心がつかないの」
「俺は藁布団を持ってきて、馬屋で寝てるんだ。 馬は敏感だからな、熊が近づいたら騒いでくれる」
「それはいい考えね。 私も馬屋の近くで寝ようかしら」
「あの」
 不意に横のほうから声がした。 神経過敏になっていたマリーとカピュランは、ぎょっとなって噛み付きそうな目つきで振り向いた。
 二人に呼びかけたのは、年若い男だった。 地味な灰色の服に茶色の袖なし上着を重ね、よれよれの帽子を頭に載せていた。
「馬番が足りないんですか? それなら雇ってもらえませんかねえ。 馬の世話ならお手のもんですよ」
 カピュランは、偉そうに腕を組んで目を細め、若者を上から下まで眺め回した。
 明るい声を出す若者は、見かけもなかなかよかった。 春空のような青い眼と、カールした栗色の髪をしていた。 背丈は大きく、力もありそうだ。
 えへんと咳払いすると、カピュランは一応試してみることにした。
「自信たっぷりだな。 よし、それならあの大きな茶色の馬にこの飼葉をやって、食い終わったら体を拭いてみろ。 そのやり方次第では、雇ってやらないでもない」
 カピュランが指差した茶色の馬とは、気が荒くて有名なルフーという種馬だった。





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