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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 14

 無残な死体で見つかったのは、『青猫亭』の女中ファニーだった。 襲った野獣が森の中に隠しておいたのを、野犬の群が山道まで引っ張り出してきたらしい。
「どちらが食ったかわかりません。 たぶん両方が餌にしたんでしょう。 ひどい有様でしたが、大きな鈎爪の跡が、顔の横から襟首を通って背中まで、はっきりとついていたということです」
「やはり、熊か?」
「ええ、相当深く、並行に五本の引っ掻き傷ですから」
 そこで一段と声を低めて、ジャン・ピエールは、青猫亭の主人から聞き出せた限りの話を伝えた。 夜中に来た気前のいい黒マントの二人連れ。 鍵のかかった部屋から消え失せた若い女中。 そして、血染めの金貨……。
「ネッケル一座だな」
 日頃物静かなミシェルの目が、怒りでらんらんと輝いた。
「道化芝居を演じたあの二人組だろう。 奴らは、青猫亭でも奇術をやったんだ。 そして、哀れな女中をどうにかして部屋からさらって、熊の餌食にしてしまった」
「そうだ、あいつは人食い熊だったんだ! そんなものをお城に呼んできたナダールは、この不始末をどうするつもりだ!」
 ジャン・ピエールが思わず叫んだとき、背後から、いくらか気取った上品な声が広間の空気を貫いた。
「わたしが、どうしたと?」

 ラプノー兄弟は、同時に身構えて振り向いた。
 階段をゆっくりと下りてきたのは、話題の主、ジャン・ルイ・ナダールだった。
 彼は、銀のボタンがずらりと並んだ黒ビロードのチュニックをなびかせて、若く精悍な兄弟の前に歩み寄った。
「間違えるな。 ネッケル一座を城へ呼んだのはわたしではない。 わたしはただ、面白い見世物を辻端でやっていると、殿様にご報告しただけだ」
「しかし、あの熊はどう見ても危険でしょう! 外で入れ替わりを見せるならいざ知らず、城の中まで凶暴な野獣を連れ込む芸をするなんて!」
 肩を怒らせて責めるジャン・ピエールを、ナダールは陰気な表情で見返した。
「辻では熊など使っていなかった。 亡くなった姫君にはまことに気の毒だが、罪はむしろ、安易に熊使いを広間に入れたヴィラールにあるのではないか?」
 一人にされたので、所在無く広間を出ようとしていたヴィラールが、カンカンに怒って足を止め、怒鳴り返した。
「なんだと! それを言うならクレマンだろう! あいつがお気楽に、そろそろ芸人どもを中に入れて準備をさせたらなどと言い出すから!」
 亡くなった? と、ナダールを見つめながら、ミシェルが口の中で繰り返した。
「ブランシュ様は大怪我をなさったが、生きておられるぞ。 なんという縁起の悪いことを」
 その言葉でほっとするでもなく、さりとて驚く様子も見せず、ナダールは無反応に頷いた。
「そうか、それは重畳〔ちょうじょう〕。 さぞ必死で野獣から身を護られたのであろうなあ」
「わからぬ」
 ミシェルの調子があやふやになった。
「衝撃で気を失われたままだ。 明日の朝ぐらいまで誰にもわずらわされず、静かにお休ませしろと、医師のデュケから強く言われた」
 ナダールは重々しく首を縦に振り、黙って二人から離れていった。
 その後ろ姿をいまいましそうに、ジャン・ピエールが眺めやった。
「責任逃れのうまい男だ」
「あいつはもう事件を知っていたな。 誰から聞いたんだろう」
 眉をしかめてミシェルが呟くと、ジャン・ピエールは苦笑いした。
「もう村の者たちにも伝わっていますよ。 姫様とファニーは同じ熊に襲われたんだと、大変な噂になってます」
「だが、村人はネッケル一座の馬車を見ていないんだろう?」
「ええ、奴らは村では興行しませんでしたからね。 それにしても不思議なんです。 川の渡し場、三本ある街道筋、どこで訊いても、馬車は通っていない。 帰りだけじゃなく、行きもなんですよ」
「すると何か? あの芸人どもと熊は、馬車ごと地面が割れて飛び出してきたとでも言うのか?」
 まがまがしいものが地表に這い出してくる有様が頭に浮かんで、ジャン・ピエールは思わず身震いした。







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