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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 12

 コルドンは、馬番だった。 昨夜は訪問客の馬を世話していなければならなかったのだが、どうしても奇術が見たくて、こっそり表階段を上って、客たちの背後からネッケル一座を覗き見していた。
 ヴィラールに呼びつけられると、コルドンは木の葉のように震えながら、こう証言した。
「出し物が終わったんで、俺は見つからないように急いで馬屋に戻ったんです。 そしたらすぐ、道化たちが裏庭に出てきて、道具を馬車の屋根に積んで、そそくさと乗って行きました」
「用意したご馳走に手をつけないでか?」
「そんな時間はなかったです。 ほんとにあっという間に行っちまいました」
「逃げるようにだな」
 ヴィラールの顔が痙攣した。
「馬車には熊が入っていたか?」
 コルドンは、きょとんとした。
「熊? いたはずですがね……待てよ、そういえば」
 みるみる表情が変わった。
「後ろの戸が開いてましたよ! 曲がって裏門から出るとき、パタパタしてるのを見ました。 暗かったけど、確かです!」
 ヴィラールは両手に拳を固めて、歯軋りした。
「くそっ、あいつら手違いで、熊に逃げられたんだ!」
「えーっ!! じゃあまだ熊は、城の中に?」
 コルドンは真っ青になって後ずさりし、絨毯の端に引っかかって、あやうく転ぶところだった。



 客に知られたらパニックになる。 城の評判にもかかわる。 ヴィラールは厳重にコルドンを口止めし、城主とラプノーの元へ急いだ。
 話を聞いたラプノーは、信頼できる部下三人を選び、弟のジャン・ピエールを隊長にして、ネッケル一座の馬車を追わせた。
 それから、自分は別の部下二人を連れて、姫の寝室へ行った。

 三人の男が、壊れたドアの目隠しに垂らしたタペストリーを持ち上げて寝室に入ると、ヘッドの横に坐っていた中年の男が顔を上げた。 医師のロバン・デュケだった。
「姫様はどんなお具合かな?」
 声を潜めてラプノーが尋ねた。 デュケは灰色の混じった顎鬚をぎゅっと掴み、同じように小声で答えた。
「お顔の左から胸へ大きな引っかき傷がある。 右腕も裂かれておいでだが、お命に別条はない」
「そうか」
 暗い表情のまま、ラプノーはうなずき、ベッド脇に立ってすすり泣いているコリンヌに話しかけた。
「大丈夫か? さぞ怖い思いをしただろう」
 コリンヌの嗚咽が大きくなった。 肩を上下させて、必死で泣き止もうとしながら、彼女は声をかすれさせて懸命に訴えた。
「ガランスが……お姫様付きの女官ですが、いないんです。 私がお医者様を連れて戻ってきたら、ここで看病しているはずのガランスが……」
 窓の向こうから、物の擦れる気配が伝わってきた。 それから、空気を切るかすかな音。 続いて、はるか下のほうで、ドサッという不吉な衝突音が響いた。
 ミシェル・ラプノーと部下たちは、一斉に壊れた窓に飛びつき、垂れた緞帳を引きむしって、次々と窓枠を乗り越え、屋根に出た。
 中庭から、悲鳴に近い声が上がってきた。
「飛び降りだ! 若い女が落ちたぞ〜!」






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背景:May Fair Garden
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