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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 9

 からくりがわかったため、人々は安心して酒を飲み、談笑し、ギターを爪弾いて歌って、楽しい雰囲気に戻った。
 やがて、青白い月が星を引き連れて空に昇り、ゆっくりと秋枯れの山に没していった。
 ブランシュ姫は、見世物の後しばらくはマルタン・サン・ドネルと踊ったり、貴族の夫人たちと噂話に興じたりしていたが、真夜中を過ぎた当たりから、何度もあくびを噛み殺すようになった。
 コリンヌが間もなくその様子に気付き、エドゥアールに耳打ちした。
「お姫様は気をお遣いになり、少しお疲れのようです。 もうそろそろお寝かせしてもよろしいですか?」
「よかろう。 目立たぬように、そっと上へ連れていけ」
「かしこまりました」
 たっぷりした帽子を揺らして一礼すると、コリンヌはガランスにうなずいてみせて、二人でブランシュの後に続いた。

 石造りの階段はでこぼこしていて、用心して上がらないと、たまに足を取られて転びそうになる。
 飲みすぎたらしく、姫は左右によろめきながら、段を爪先で探るようにして登っていた。 三階までは何事も起きなかったが、寝室のある四階へ通じる階段に足を載せたとき、充分に靴底がついていなかったのだろうか、踏み外して慌てて壁につかまった。
「ご無事ですか?」
 コリンヌが急いで手を貸した。
 しかし、いつもなら誰より素早く傍につくはずのガランスは、階段手前の床に立ち止まったまま動かなかった。
「ガランス、何をぼんやりしているの?」
 うつらうつらしている姫を支えきれなくなって、コリンヌが苛立った声を出した。
 夢から覚めたように、ガランスはハッと姿勢を正して飛んで来た。 二人で両脇から姫をエスコートして、なんとか寝室に着くことができた。

 寝室は四階の突き当たりに位置していた。 中は、大きく二部屋に分かれている。 手前は侍女たちの控え室で、そこを通らねば奥に入れない。 年頃の姫を守るためには、そういう用心が欠かせなかった。
 豪華な服を脱がせて寝巻きに着替えさせる間も、ブランシュの瞼は落ちかけ、足元がおぼつかなくなった。 よほど眠いらしい。
 しっかりしているように見えても、まだ子供らしいところが残っているのだと、年長のコリンヌはかわいくてたまらない目つきで女主人を眺めた。
 姫をベッドに寝かせて、肩まで布団をかけ、窓の鎧戸を閉めに行ったガランスが、またはっきりしない表情になって手を止めた。
 むっとしたコリンヌは、彼女を軽く押しのけて、自分でさっさと戸閉まりを済ませた。
「今夜は変ねえ、あなたもお姫様も。 さっきから仕事が遅くなっているけれど、いったいどうしたの?」
 窓枠に手を置いたまま、緊張した面持ちで、ガランスは先輩侍女に顔を向けた。
「妙な音がするんです」
「音?」
「ええ……」
 ガランスの眼が、落ち着きなく動いた。
「かすかな唸り声が。 それに、生き物の気配も」





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