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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 8

 驚いたのは、観客だけではなかった。
 幕を落として振り返った二人も、凍りついたように動作を止めて、空っぽのアルコーヴに目を据えた。
 ようやく切れた息が収まったらしい緑マントのゴライアスが、慌てた風情で体を起こすと、だんだら服に近づき、小声で話しかけた。
「奴は?」
 はっと我に返り、だんだら服は目立たぬよう横で手を動かして、ゴライアスを黙らせた。
 それから、思い切り明るい声を張った。
「これは大変! 熊公が可憐な羊殿を食ろうてしまったらしい!」
 それで客の半分ぐらいは笑ったが、残りの半数は納得のいかない表情だった。
 芸人たちは、そそくさと道具の片づけを始めた。 全身緑の服を着た小柄な猛獣使いが、たたんだ幕で小道具を包み、背負っている間に、だんだら服とゴライアスが、熊の乗っていた高さ三十センチほどの台を二つに分けて、一つずつ軽々と肩に担いだ。
「なかなか見事だった。 これが約束の礼金だ。 食事を裏に用意させたから、たっぷり飲み食いして、お前たちも姫君のお誕生日を祝ってくれ」
「へい」
「ありがたい仰せで」
 旅役者たちは、偉そうにしているヴィラールから金の袋を押しいただき、ペコペコお辞儀しながら奥の階段を降りて、去っていった。

 その後、大広間は謎解きの話で持ちきりになった。
 一座の裏方がもう一人いて、幕の横からこっそり熊を連れ出したのだろうという意見が多かった。 だが、左手から見ていた客たちが強く反対した。
「そんなことはない! 熊どころか小人が出てきても目についたはずだ」
「ちょっと待て」
 遠目のよくきく一人の青年客が、アルコーヴの横の壁を凝視した。
「今、あの石壁が揺れたような気がしたんだが」
「さては隠し扉か?」
 そんなものはないとヴィラールが青筋立てて抗議したが、面白がった青年とその友人が歩いていって、壁に触れた。
 二人は、すぐ顔を見合わせた。 それから、いきなり壁に手を置くと、勢いをつけて殴った。
 見ていた人々はあっけに取られた。 固い石造りのはずなのに、拳がやすやすと突き抜けて、丸い穴があいたのだ。
 もう一人がアルコーヴに入り、奥行きを調べた。
「右は腕の長さの一.五倍。 左は二倍以上あるぞ」
「つまり、左側にずっと、横の階段まで、薄い板と木組みで偽の壁を作って、そこからこっそり熊を連れ出したのね!」
 女性客の一人が、けたたましい声を出した。





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