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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 4

 四階の居室では、ブランシュ姫の着付けが始まっていた。
 といっても、まだ不自然なコルセットやふくらんだスカートの時代ではなく、麻の長い下着を身につけてから、ずっしりしたロングドレスを被って、その上にチュニックを重ね、レースで飾った帽子を顎で結ぶという、わりと動きやすい服装だった。
 夕陽はすでにドルジェの森に姿を消し、残照だけが淡く残っていた。 薄暗くなった部屋の中で、両側に大きな蝋燭を置いて、ブランシュは身長の三分の一ほどの鏡に、着終わった姿を映してみた。
「もう少し大きいと全身が見えるんだけど。 惜しいわ、裾模様の釣り合いがわからない」
「よくお似合いですよ。 ダマスク薔薇の刺繍の幅が、狭からず広からず。 姫様はちょうどよいお背の高さですから、すべてに均整が取れていてよろしいのです」
 掲げた鏡の角度をいろいろ変えながら、侍女のコリンヌが力説した。 姫は、優雅な白い首を傾けて熱心に裾を見ようとしたが、結局あきらめて、脱いだ普段着の片づけをしていたもう一人の侍女に話しかけた。
「ねえ、ガランス、そっちのドレスを取って」
 ガランスは驚いて顔を上げた。
「青いほうにお着替えですか?」
 ブランシュは笑って首を振った。
「違うわ。 同じデザインの色違いだから、着た感じを確かめたいの。 立って体に当ててみて」
「はい」
 ガランスは素直に立ち上がり、ベッドに広げてあった服の一枚を取って、自らの体に添わせた。
 ブランシュは満足そうにうなずいた。
「本当ね。 綺麗に模様が入っているわ。 よく似合うわよ、ガランス。 そのドレスをあなたに着せたいぐらい」
「いえ、とんでもない!」
 あわてて、ガランスは服を衣装箱へ納めに行った。
「姫様とおそろいなんて、畏れ多いことです」
「さあ、お帽子ですよ」
 コリンヌが急き立てた。 ブランシュが、顔立ちの引き立つ白と金のビロード製帽子を被っている間に、ガランスは地味な茶色のヴェール付き頭巾を素早くまとった。 コリンヌも、女主人の支度がすべて整ってから、無造作に黒の大黒頭巾を頭に載せた。
 仕上がった姫の正装を、コリンヌはぐるりと回って確かめ、ようやく笑顔になった。
「お綺麗で、しかも堂々としてらっしゃいます。 どこへお出ししても大丈夫。 そのお帽子がまた、お顔にぴったりでよく出来ていますねえ。 さすが奥方様の心づくしで」
「母上はまだご気分がすぐれないの?」
 弓形の眉を寄せて、ブランシュ姫が気がかりそうに尋ねた。 コリンヌは重々しく頷いた。
「何を食べてもすぐもどしてしまわれる状態で。 ですから、祝宴の妨げになってはと、泣く泣く出席を取りやめになさったそうです」
「ご自慢の薬草園のハーブがまったく効かないのは残念ですね」
 控えめなガランスが珍しく口を挟んだ。 かすかな皮肉を感じ取ったのか、コリンヌがむきになって言い返した。
「その言い方は棘があるわよ。 義理の仲とはいえ、シモーヌ様は姫様を心からかわいがっておいでです。 だからこそ、気分が悪いのに、こんな見事な帽子を手ずから作ってくださったのよ。 せめてご自分の代わりに祝宴に伴ってくれと」
「そうですね。 きれいなお帽子ですし、縫い取りがよくお似合いです」
 根が物静かなガランスは、すぐにおとなしく引き下がった。

 ガランスが灯火を掲げて先に立ち、階段を下りていく間、ブランシュ姫は襟元から、鎖につけた半円形の物を取り出して、心臓のあたりに押し当てた。 そして、心の中で願った。
――お兄様、こんなめでたい夜なのに、なにか胸騒ぎがするのです。 どうか見守っていてください。 そして、万が一にも悪霊が降りてきたら、お願いですから、私を護って――


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 日がとっぷり暮れ落ちた六時過ぎから、客人たちは割り当てられた部屋を出て、大広間に集まりはじめた。
 楽団が壁際に陣取り、リュートの音を合わせ、曲の順番を決めていた。 長テーブルを幾つも並べた食卓には、すでに鳥の丸焼きや赤蕪のシチュー、梨のコンポートなどが準備されて、空腹な客人たちの目を奪った。





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背景:May Fair Garden
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