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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 3

 ラミアン城の大広間では、大掛かりな準備が行なわれていた。 ヴィラール家令が杖を持って指図する中、十人を下らない召使たちが急ぎ足で動き回り、会場の準備に余念がなかった。

 今宵、十月二十三日は、ブランシュ姫十七歳の誕生日だ。 姉のマチルド姫、兄のヴァランタン王子が共に幼くして世を去ったため、十代も半ば過ぎまで生き延びたブランシュ姫は、ダンドレ家の宝であるだけでなく、このラミアン地方の希望の星だった。
 誕生祝いが終われば、姫はシャンパーニュ地方エヴェルネ近郊の富豪領主一族と婚約する手筈になっていた。 お相手の名前は、ギョーム・サン・ドネル。 互いに肖像画を取り交わし、この誕生祝宴で婚約式も執り行おうとしたのだが、あいにくギョームは腹を壊してしまい、出席できなくなった。
 それでも、代理で弟のマルタンが来ていた。 噂通り可憐な美しさを持つブランシュ姫にまみえて、無骨な顔を赤らめ、馬四頭と東洋伝来の繻子〔しゅす〕十反を贈った。

 家令のヴィラールは急いでいた。 まだ日があるうちに大方の準備を終わらせなければならない。 椅子を運び、銀器を磨き、燭台を並べていつでも火を灯せるようにする。 泊り客の世話もしなければならないし、手がいくらあっても足りなかった。
 暖炉に使う薪を取りに行かせた下男がなかなか戻ってこないので、ヴィラールがいらいらしていると、侍従のクレマンが階段を上がってきた。 働き者で気の利く男だ。 ヴィラールはほっとして、声をかけた。
「客人方はくつろいでおられるかね?」
 段を上がりきったところで足を止めて、クレマンは響きのいい声で答えた。
「ぬかりはありません。 部屋はみな温めてありますし、従者たちの控え室を台所の上にしておきましたから、調理の熱で居心地がいいはずです」
「よかろう。 今夜は冷えそうだ。 客人方が宴の後に気持ちよく眠れるようにせねばなあ」
「そうですね」
 クレマンはまた歩き出して、ヴィラールのすぐ横に来た。
「裏に、芸人たちが来てますよ。 楽団だけでは寂しいと思っていたので、歌芝居や軽業が見物できるのは楽しいですね」
 ヴィラールは心安らかでなくなった。
「わたしに前もって知らせずに? どういうことなんだ」
「おととい、ギャストンの辻で興行していたんですって。 えらく面白かったようで、ナダールさんが呼んだんです」
「あの護衛官か。 お妃様の寵愛をいいことに、最近出しゃばりが過ぎる」
「また仕事が増えるってのは言えますね。 芸人たちは、この広間に舞台を作って、幕を張りたいと頼んでいます。あの壁のところなんかいいと思いますが、どうですかね。 連れてきてかまいませんか?」
 ヴィラールは顎を強ばらせ、フンと鼻を鳴らした。
「そいつらが勝手にやるなら、やらせろ。 ただし、周りに傷をつけさせるな。 それに、召使は忙しいんだから手伝わせるなよ」
「わかりました」
 クレマンは陽気にうなずき、くるりと向きを変えて裏口に向かった。




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