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表紙


――ラミアンの怪物――

Chaptre 2

 弱い朝日が斜めに差す部屋で、ブリュノは背中を虫が這うような、ぞくぞくした気分に襲われた。
 ドアには内側から閂が下りていた。 窓の鎧戸もそうだった。 ファニーは年頃の十七歳だし、身持ちの固い娘だから、いつも戸締まりはきちんとしていたはずだ。
 なのに、当人の姿はない。 いったいどこから抜け出した。 いや、この様子だと、無理やり連れ出されたにちがいないのだが……
 ふと思いついて、ブリュノはベッドの下を覗いた。 しかし、そこにはつくろい物を入れたバスケットが押し込んであるだけだった。
 ファニーは、指一本の厚みぐらいしかないドアの隙間から、霊気になって抜けていったとしか考えられなかった。

 首をひねりながら廊下を引き返してきたブリュノは、階段をぎしぎし言わせる音で顔を上げた。
 二人連れの黒いマント姿が、縦に並んで降りてくるところだった。 先に立ったやや背の高いほうの男が手まねきしたので、ブリュノは仕方なく歩み寄った。
 すると、男は金貨をもう一枚、ブリュノの手に載せた。 干からびた声が言った。
「いい宿だ。 寝台は清潔だし、静かだ。 それに、何より食事がうまい。 腹一杯食わせてもらったよ」
 そして不意に笑い声を上げた。
 後ろの男も同時に笑った。 ヒッヒッという耳障りな哄笑だった。

 気味の悪い二人組が馬に乗って去って行くのを、ブリュノはほっとして見送り、新たに受け取った金貨を二度ほど投げ上げて、気分を明るくしようとした。
「見かけは悪いが気前はいい。 ありがたいぜ」
 だが、三度目に空中へ放りあげようとしたとき、ふと掌が目に入った。 そこには、べっとりとした赤黒い染みが丸く残っていた。
「げっ!」
 思わず、ブリュノは大切な金貨を床に投げ捨ててしまった。 金貨はころころと廊下を転がり、裏を上にして止まった。
 おそるおそる目を近づけて、ブリュノは呻いた。
「血だ。 こいつは間違いなく、血だらけだ!」
 そういえば、あの黒マントの客は、人差し指と親指で、金貨を縦に挟んで手渡してきたっけ、と、ブリュノは思い当たった。

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 ファニーの失踪と、不気味な黒衣の二人連れの噂が、じわじわと城下の村に広がっていた三日後の夕刻、ベルボワール丘の頂上にそびえるラミアン城目指して、一台の馬車がうねうねと登っていった。
 陽気な馬車だった。 周りには派手な絵の具で孔雀や椰子の木の絵が描かれ、屋根をリボンで作った吹流しがぐるりと取り巻いて、風にひらひら揺れていた。
 しかし、その馬車には一つ、普通と違う点があった。 扉の代わりに鉄柵がついているのだ。 窓にも頑丈な鉄格子がはめこまれていた。 そして、馬車が勢いよく曲がり角を回るごとに、中から低い唸り声が聞こえた。
 御者席に座った二人の道化のうち、一人が体を斜めに折って、馬車の薄暗い窓を覗きこんだ。 そして、ふざけた様子で声をかけた。
「もう少しの辛抱だ。 すぐ自由にしてやるから我慢してろ、熊公」




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