理人〔りひと〕は、一瞬わずらわしそうな顔をした。
「似てなくても親子なんだよ」
「うん、そうだね。 うちの母と私も似てないもんね。 あのさ……理人さんがうちのホテルに泊まったの、中の様子を見るためだったんでしょ?」
いくらか間があいた。 理人は答えずに、片方の手をポケットに突っこんだ。
彼が反応しないので、麻知は話を続けた。
「ぶち壊すこともできたんだよね? 私とすごく空気悪かったんだから。 でも、そうしなかった。 ちゃんと公平に報告してくれたから」
「当たり前だろ? 仕事とプライベートは違うんだよ」
ぶっきらぼうに言って、理人は歩き出した。 今度こそ駅の方角へ。
その背中に向かって、麻知は大声で叫んだ。
「ありがとー! 見直した! 男らしいよ、理人さん!」
三々五々連れ立って歩いていた観光客たちの視線が、一斉に理人に集まった。 口に手を当ててくすくす笑っているおばさんもいる。 その中を大股で振り向きもせずに、理人は急ぎ足で去っていった。 気のせいか、後ろから見える耳たぶが赤くなっていたように思えた。
わざと大げさに手を振って見送った後、麻知はくるりと向きを変えてホテルに戻っていった。 肩の荷は下りたが、急にがっくりして侘しい気分に襲われていた。
これでお別れか…… そう思うと、想像以上に心が揺れた。 話し合えばすぐに気持ちがほどけて、わだかまりない仲よしになれるかと期待していた自分に気がついた。
甘い、甘いよ、まっちゃん――麻知は厳しく自分に言い聞かせた。 人間関係そんなにうまく行くはずがない。 さんざん経験してるくせに。
私も気が短すぎるからなー。 もっと落ち着いて相手を見なきゃ――後悔先に立たず状態で、肩を落として、麻知はとぼとぼと裏口からホテルに入った。 忙しい仕事で気持ちを紛らわせようと決心して。
夜になって仕事が一段落した後、麻知は女将さんに呼ばれて事務室へ行った。
そこには、見知らぬ男性が待っていた。 上品で口元の優しげな中年で、磯川史也〔いそかわ ふみや〕と名乗った。
傍に並んで、いくらか照れくさそうに、静子が言った。
「これが私のダーリン」
ほう。 改めて麻知は、磯川をしげしげ眺めた。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||