「リヒト?」
理科の理と人か。 珍しい名前で、響きも変わっていた。
「ドイツ語で光なんだって。 ゲーテが死ぬ前に、もっと光を! て叫んだところから取ったらしい」
「それ単に部屋が暗かったんじゃない?」
「おまえ超現実的」
「おまえおまえ言うな! 私はあんたのダチじゃない!」
「それに二重人格な。 ホテルの中だとえらく丁寧で愛想よかったのに」
「あれは仕事。 ここはプライベート」
これではいつまで経っても礼が言えない。 きっかけを掴もうと麻知が頭をひねっているうちに、右手からバスが近づいてきた。 池内理人はすぐに手を上げて、乗るという意思表示をした。
もうこれっきりで会えないだろう。 麻知はあせった。 大いにあせった。 そして、なんとか引きとめようと口走った。
「乗らないで。 逃げたら覗きで訴えるよ!」
理人の動きがぴたっと止まった。 それから二歩退いて、バスに行けと合図した。 スピードを緩めかけていたバスはまた加速し、ゆるやかな坂道を降りていった。
麻知に背中を向けたまま、理人は固い声で言った。
「やってみろ。 証拠もないのにそういうこと言うと……」
「やらない」
自分で自分の言ったことに肝をつぶした麻知は、言葉だけでなく神楽獅子のように頭を大きく振り回して否定した。
「そうじゃなくてね、つまり……うち覗いたのは理由があったんでしょ? 『春夢荘』の内部調査とか。 だって池内さんと同じ苗字だもんね」
「池内さん?」
理人がすごい勢いで振り向いた。
「おやじのことか?」
「おや……じ……? 似てねー」
思わず口がすべった。
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