だが、麻知よりも相手のほうがもっと困った様子になった。 そっけなく無表情な顔が、まず白く変わって、それから赤味を増した。
麻知は閉口した。
「なんで赤くなってんの?」
ずばり言うところがいかにもだが、声はそう大きくなかった。 しかも気がつくと自分までもじもじし始めていた。
「うっせーよ」
男は呟いたが、元気がなかった。 それで麻知はピンと来た。
「覗いたんだ。 そうだろ。 部屋とかバスルームとか……」
「誰が風呂場なんか!」
声が巨大化したため、通りすがりの自転車からおじさんが二度も振り返った。 今度こそ、男の子(じゃなく、やがて二十九歳のれっきとした男)はテラコッタ色に赤面した。
緊張すると妙な笑いがこみあげてくることがある。 このときの麻知がそうだった。 けたたましい声が出そうになったので動揺して、反射的に彼の腕をはたいてしまった。
「やーだー」
「うわ、おばさん」
気安く叩かれて、男は顔をしかめた。 麻知は口を尖らせた。
「誰がおばさん? あのね」
「きりがねえな。 おまえといるといつもこんなんなっちゃって」
「おまえってなにー! あんたなんかにね」
「あんたって何だよ。 俺はこう見えても」
「見えても?」
やっと麻知は正しい道に戻った。
「あんた何者? どこの誰?」
「こう言うものだ」
男は胸を張って言い、もこもこのジャケットの胸ポケットから名刺を出して渡した。
麻知は声を出して読んだ。
「アイネス・ホテル資材管理部課長、池内……これ、なんて読むの?」
遠い目をして、第二の池内は答えた。
「リヒト」
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