表紙 北風と陽だまり 15
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 場の空気を察したらしく、池内が静かに補足した。
「うちでもそうですが、サービス業は人で保っています。 事情を知らない外部の人間が上に立つのは、新規巻き直しで土台から作るならいいですが、ここのようにうまく動いているところにはかえってリスクになってしまいます。
 このホテル、評判いいですよ。 女将さんの腕と努力のたまものです。 そのノウハウを伝えていける人材までちゃんと育てておられる。 世の社長族に爪の垢を煎じて飲ませたいですな、アハハハ」
 つられて女将も笑顔になった。 まだ割り切れないものを胸にかかえているようだが、褒められて気分の悪い者はいない。 それでも念のため、様子を探ってみた。
「いえ、私も今すぐ辞めたいとは思っていないんですよ。 半年かそこらはまだ頑張りたいなと」
 とたんに麻知がほっとした表情になったので、静子の疑念はほとんど晴れた。


 出資比率やバックアップの方法はこれから細かく詰めていくこととして、一応内諾を取ったところで池内は立ち上がった。
「気持ちよく受け入れていただきまして、ほっとしました。 どうです? 明後日バリのあの有名なリゾートホテルの経営者を招いてパーティーをやるんですが、いらっしゃいませんか? これからは海外とも提携して独自の魅力ある旅のコースをクリエイトして、目の肥えた旅行客たちを呼び込むチャンスですよ」
「そうですわね。 台湾や韓国からのお客様も増えてきてますし」
「その通り。 彼らは都会だけじゃなく、日本の情緒も求めているでしょう。 決して先行きは暗くないですよ。 チャレンジしましょうよ」
 明るくて精力的な池内の言葉に、女将は希望の光を見て取ったようだった。


 静子がパーティーに行くことに決めたので、麻知はほっとした。 正直言って、まだ旅館全体を任されるのは荷が重い。 静子が誰と一緒になりたいのかまだ知らないが、その相手にもう少し待ってもらって、徐々に仕事を引き継いでいきたかった。
「池内さんナイス。 できたらもう二年ぐらい女将さんやってくれって静子さんを説得してくれないかな」
 にこにこと池内を送り出した後、急いで着替えに行きながら、麻知はこっそり呟いていた。



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写真:ivory
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