その後は雑談になった。 ゴルフの成績がどうとか、レンジャースの選手がこうとかいうスポーツの話題が続き、半時間ほど仲よくしゃべってから、二人は席を立った。
彼らが出ていっても、しばらく麻知は座ったままでいた。 気付かれたくなかったし、何よりも本当に体が驚きにしびれて動けなかったのだ。
十五分テーブルに肘をついてぼうっとしていた後、ようやく麻知は『バルト』を出た。 そしてポケットに手を突っ込み、体を丸めるようにして足を急がせた。
頭の中はシェーカーのようにぐちゃぐちゃだった。 次々とまとまりのない考えの断片が現れては消えていく中に、やがて一つの言葉が大きく根を張った。
――あいつ、調査しに……そうだ、調査員だったんだ。 うちの旅館を詳しく調べて、そして私のこと…… ――
認めてくれたんだ。 わざと無理を言ったり、子供を倒したりしてたのは、目的があってやっていたことだ。 意地悪でも何でもなかったんだ!
うちへ帰り着いたとき、麻知は雲を踏んでいるようにふわふわしていた。 すべてを母に打ち明けようかとちょっと思ったが、やっぱり思い直して止めておいた。 いくら呑気な母でも、旅館が大ホテルに買収されるところだったと聞けば驚くだろうし、少しは心配になるだろう。 悩ませるとすぐ偏頭痛で寝込む人だから、そっとしておくほうがよかった。
零時を過ぎても、心が浮き立っていてなかなか眠れなかった。 麻知はベッドにあぐらをかいて座り、半日前まであんなに憎たらしかった若者の顔を細かいところまで思い出そうと必死になった。
――私の働き方を認めてくれた。 プロだって。 サービス業として立派な勤務態度だって!――
できるだけ細部まで気を配り、手早く、丁寧に、手際よく、という『春夢荘』のモットーを守るように努力しているけれど、空しくなることだってあった。 何日も考えて工夫したデザートのアイデアを、先輩が自分の手柄にしてしまうとか、部屋を自分で散らかした客が汚れを麻知のせいにするとか。 そんなときはいつも思う。 誰かが見ていてくれたら。 公平に評価してくれたら、と。
うーんと小声で叫んで、麻知はベッドに引っくり返り、手足を大きく伸ばした。
「初めてだよなー、認められたの。 こんなに嬉しいもんなんだ」
気がつかないうちに、眠っていた。 そして、熟睡して何の夢も見なかった。
起きて、残念な気持ちになった。 どうして『あいつ』が夢に出てこなかったんだろうと、なぜか思った。
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