表紙 北風と陽だまり 10
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 歩いていくうちに、中庭にしつらえた枯山水の庭で、女将の静子が客と記念撮影をしているのが窓から見えた。 たおやかで美しい静子は尾刈町随一の人気女将で、テレビの取材申し込みがあるほどだった。
 撮影を終えて、にこにこしながら客と別れた静子は、窓辺に立つ麻知と目が合ったとたんに笑いを消し、ぎこちない足取りになって廊下に上がってきた。
 その様子で、麻知には察しがついた。 やはり紀代美の持ってきた知らせはデマではなかったのだ。
なんとなく姪の視線を避けるような仕草で、静子は横を通りしなに声をかけた。
「ちょっと来て」
「はい」
 胃がつかえてせり上がってくるような、何とも不快な気分を抱えながら、麻知は静子の後に続いた。

 奥の私室に入ると、静子は内股で楚々と歩くのを止め、着物が乱れるのもかまわずに、どさっとソファーに腰を落として両腕を大きく上げた。
「あーあ、嫌んなっちゃった!」
 麻知は立ったまま、無言で義理の伯母を眺めていた。 きれいにまとめた髷に挿した簪〔かんざし〕を抜いて、頭をガリガリと掻いた後、静子は説明を始めた。
「マッちゃんもわかってると思うけど、経営は毎年きびしくなってきてるのよ。 お客様の数は十年前、十五年前とそれほど変わらないんだけど、割引率を高くして団体さんで呼んでるでしょう? 単価はぐっと落ちてるの」
 わかってる。 麻知は唇を噛んだ。 だが、救いもあった。 若い世代にじわじわと温泉ブームが起きているのだ。 そこにうまく売り込めば、と思って、いくつか作戦を立てている。 まだ提案できるほどまとまってはいないが……
 再び静子が溜め息をついた。
「私がちょっと疲れてきちゃったってのもあるよね。 マッちゃんはよくやってくれてる。 でも女将の看板張れるまでには後数年かかるだろうし」
 そこで冗談めかして、ソファーの背に顎を載せると目をぐりっと動かしてみせた。
「もう一花咲かせたいんだ。 だって三十九だよ。 ぎりぎり青春って、ちょっと無理か。 でも第二の青春ぐらいは言わせて。 今再婚すれば、子供まだ生めるし」

「好きな人できた?」
 どうしても声が硬くなった。 静子はまた目を逸らし、半分うなずいた。
「まだはっきりとは。 考え中」




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写真:ivory
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