表紙 北風と陽だまり 6
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 こいつが丸焦げになっている姿を見たい、などとちょっと思いながら、麻知は職業的穏やかさで説明した。
「最新型ではないですが、一ヶ月前に業者さんに点検してもらいましたし、毎月避難訓練もやっております。 ロビー、ラウンジ、廊下には避難経路を描いたお知らせが張ってあって、矢印もつけてありますから、ご心配は要りません」
 男は顎を上げて、フンと鼻を鳴らした。 間違いない。 確かに鼻でせせら笑った。
「直す金がないと正直に言えば?」
 麻知は動じなかった。
「それより先に、火を出さないよう細かく気配りしています。 漏電検査および夜の見回りもしてます。 最新機器に頼りすぎよりいいと思いますが」
「まあ頑張りな」
 捨て台詞を残して、のっぽの男はゆらゆらと歩き去った。 その後ろ姿に思い切りしかめ面をかましてやりたい気持ちに駆られたが、左側面がずっとガラス窓なので、映ってヤツに見られたらまずいと、なんとか無表情で耐えた。

 たった一人の男性客のために、これほど不愉快な思いをしたのは初めてだった。 気分転換しないと夜まで引きずってしまいそうで、麻知は予定を変えて停留所へ行き、バスに乗った。
 ストレスが溜まりに溜まったとき、麻知が行くのがバッティングセンターだった。 最近は若者が減った上にサッカーやバスケのほうが人気があって、センターはいつでも空いていた。 特に平日の午後は開店休業状態で、ほとんど貸切と同じになる。 いくら吠えても打ち損じても、恥ずかしくなかった。

 グリーンのネットをあの男に例えてガンガン打ち込んでいると、斜め後ろから声がした。
「よく当てるねえ。 ソフトボールやってたの?」
 バットを肩に背負ったまま、麻知は振り向いた。 バックネットの後ろで、丸顔の中年男がにこにこしていた。
「別に。 初めはかすりもしなかったですよ。 振ってるとだんだん当たってきただけで」
「あきらめない、ってやつだな」
 そう言うと、彼も上着を脱いで隣りのケージに入ってきた。
「いっちょ行くぞー。 百二十キロ!」
 バカじゃないの、最初からカッコつけて、と麻知は思ったが、男が一球目からスカッと打ち返したので驚いた。
 それでも気に入らないようで、男はバットを杖にして目を細め、ピッチングマシンを睨んだ。
「また飛距離が落ちた。 来週の試合までに勘を戻しておかなくちゃな」
「おじさんセミプロですか?」
 実業団野球か何かの選手だろうか。 麻知の眼に尊敬の光が宿った。



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写真:ivory
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