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表紙

金の声・鉛の道
―98―


 サルヴァトーレ枢機卿とクラナッハ司教は、修道院学校の同期生だった。 当時から気の合う親友同士で、ひんぱんに手紙のやりとりをする仲だそうだ。
 クラナッハは王室の招きにより、一時間ほど前に外出していた。 今度会うときに心からお礼を言おう、と、リーゼは思った。


 枢機卿にはクラナッハ司教同様、色々な予定が詰まっていた。 そして、もちろんリーゼにも。 間もなく二人に、仕事場へ戻らなければならない時間が迫ってきた。 名残を惜しんで手を取り合った後、叔父と姪は微笑みを交わして、静かに別れた。


 また辻馬車を呼んで、リーゼは急いでマリツキーに戻った。 危うくすれ違いになるところだった。 伝言を聞いて、今しもビットナーが馬車をミヒャエル教会へ出発させようとしていたのだ。
 辻馬車から降りたリーゼ目がけて、アイメルトが馬車の窓から身を乗り出して叫んだ。
「早く! 乗って!」
 御者席からビットナーが急いで飛び降り、扉を開けてくれた。


「はらはらしたよ。 僕に言わずに出かけないでくれよ」
 ほっとしたアイメルトが、ぶつぶつ言った。 リーゼはマフを脇に置いて、にっこり微笑んだ。
「悪かったわ。 急用だったの」
 声が湿って柔らかくなった。
「あのね、マルティン。 すごくいいことがあったのよ。 私ね、今、父の弟に当たる人に会ったの」
 アイメルトは大きく目を見張った。
「えっ?」
「それで、お父さんの写真を貰ったの。 見て」
 ロケットを覗きこんだアイメルトは、何度も写真とリーゼの顔に視線を往復させた後、溜め息をついた。
「不思議なほどそっくりだ。 よかったね、リーゼ!」


 その夜の演奏会は、いつにも増して素晴らしい出来だった。 感激して涙を流す聞き手がいて、それを見たリーゼも鼻の奥が痛くなった。
――私は愛の中で生まれた。 何人もの人に愛されて育った。 そして今、愛する人がこの腕に戻ってきた!――
 なんて幸せなんだろう……! 声が黄金の翼に乗って舞い上がり、会場の人を残らず夢の世界へいざなっていった。





 翌日の八日、午前中は仕立て屋で仮縫いの予約があった。 窓に寄ると、うっすらと曇った空模様だ。 毛皮のついた暖かいコートを出して羽織ったとき、あわただしいノックの音がした。







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