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表紙

金の声・鉛の道
―93―


 少年を暖炉の傍に招き入れてから、手紙の差出人を見て、リーゼは驚いた。 ミヒャエル教会のクラナッハ司教からだったのだ。
――司教さまが私にわざわざ手紙を? 何の御用かしら――
 新たなミサの依頼か、それとも年末が近いから慈善バザーへの参加要請かもしれない。 首をかしげて封を切り、筆圧の強い字で黒々と書かれた文面を読んだ。

『親愛なるシュライバー嬢

 突然ですが、ぜひあなたにお会いしたいという方が、こちらに見えています。
 ウィーンに長居はできないため、明日の早朝にはもう出立してしまわれます。 急なことで申し訳ないが、今日のうちに空いた時間があれば、ミヒャエル教会の裏口まで来ていただきたい。 その方が、首を長くして待っておられます。 ぜひご都合をつけて、何時に来られるかお知らせください
忠実なる友 ヤン・クラナッハ』



 リーゼは少し混乱した。 クラナッハ司教は、高位の僧職者だが厳めしいところはなく、話し好きで明るくて、リーゼにいろいろ親切にしてくれるので好感を持っていた。
 あちこちでミサ曲を歌わせてもらえるようになったのも、元はといえば、最初に使ってくれたクラナッハ司教のおかげだ。 その彼の頼みとあれば……
 リーゼは素早く置時計を見た。 迎えは四時に来るはずだ。 今はまだ一時少し過ぎ。 三時間あれば教会まで行って帰ってこられるだろう。
 リーゼは急いで少年に半クラウンを握らせ、こう頼んだ。
「返事は要らないわ。 このまま行きます。 すぐ戻ってくるつもりだけど、もし早めに私の迎えが来たら、ミヒャエル教会へ回して」
「ええと、ジュライバーさんの迎えを、ミヒャエル教会へですね」
 なんとなく口調がたよりないので、リーゼは傍にある紙に走り書きして、イエンスに託した。
「じゃ、これを渡して。 御者のビットナーを知ってる?」
「はい」
「その彼にね」
「承知しました」
 イエンスはもう一度、丁寧にお辞儀した。







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