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―92―
木曜日は曇りで、風が冷たかった。
夕方からはグラーツ男爵の館で楽曲の夕べがあり、リーゼは三曲ほど歌う予定になっていた。
街では長引く風邪が流行していて、心配したアイメルトの細君が薬草の瓶を届けてくれた。 それを熱い湯で煮出してカップにそそぎ、ゆっくり飲みながら、リーゼは洋服箪笥を開けた。
今日はどの衣装にしようか。 藤色のガウンドレスは生地が薄すぎるし、紺の縞は地味すぎる。
真剣に選んでいるつもりだったが、次第に視野がぼやけて、ヴァルの面影が浮かんだ。
彼からの手紙には、すぐ返事を書いた。 心のありったけを詰め込んだが、まだ足りない気がした。
――幸せで落ち着いているのね。 よかった! もう無茶はしないでね――
紙に書くだけでは不安が残った。 じかに言葉をかけたかった。 あなたはもう独りじゃない。 あなたが消えたり傷ついたりしたら、私も耐えがたいほど苦しむのだから。
別れてから、出かける度に新聞を買っている。 ヴァルの記事は今のところ出ていないが、そのほうが安心できた。
冬だから暖かく、クリーム色に白の花模様の服にしよう――ようやく決めて、合った手袋やコートを並べていると、ドアベルが鳴った。
まだビットナーかアイメルトが来るには早い。 誰だろう、と不審に思い、リーゼはドア越しに声をかけた。
「どなた?」
小さな咳払いの後に、甲高い少年の声がした。
「イエンスです。 マリツキーのボーイの」
その子なら知っている。 リーゼはすぐにドアを開いた。
廊下には、グレイのお仕着せを着た十二歳ぐらいの男の子が立っていて、顔が合うとすぐ、封筒をリーゼに手渡した。
「これをマダムに頼まれました」
「マダムって、ベルタさん?」
「そうです」
イエンス少年は大人のように胸に片腕を当ててきちんと一礼すると、言われた通りに繰り返した。
「すぐに読んでお返事を下さいとのことです。 僕ここで待ってます」
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