表紙目次文頭前頁次頁
表紙

金の声・鉛の道
―86―


 先ほどまでの曇天は雨模様に変わったらしい。 軒を叩く雨粒の音が、メトロノームのように規則的に響いた。
 月はなく、星もなく、蝋燭やガス燈の光も届かない。 そこは二人だけの世界だった。
 うねるような愛撫の後、リーゼは喜びの中で彼を受け入れた。 瞬間、耳の奥で鐘が鳴ったような気がした。 遠く艶やかな鐘の響き……二人だけの婚礼の鐘だ、とリーゼは夢を泳ぎながら胸に刻んだ。
 私はこの人のもの、そして彼は私のもの。 表にどんな壁が立ちはだかろうと、心の中は変わらない。 初めて逢ったときから、たぶんずっと……


 ヴァルの唇がリーゼの頬を這い、筋を引いた涙をすくい取った。
「好きだよ」
「私も」
 永遠に繰り返される恋人たちの言葉。 過去と、そして未来の声が幾重にも重なり、木魂してくるようだった。
 体を起こしてベッドの背板に背中を預け、ヴァルはリーゼを胸に抱えこんだ。
「遠くへ行きたい。 君と二人きりで!
 そうだ、春になって休暇をもらえたら、カプリ島へ行ってみないか? 暖かくてのんびりしていて、とてもいい所なんだ」
 うっとりして、リーゼは目をつぶった。
「どこでもいいわ。 あなたと行けるなら」
「もうこんな日は来ないと思った」
 溜め息に近い声が漂った。
「君を見るときは、いつも柱の陰か、幕を下ろした桟敷席の中だった。 たまらなくなると、あの別荘へ行った。 あそこには笑顔の思い出があふれているから」
 どうして? なぜそこまでして姿を隠したの?
 訊きたかった。 だが、再び彼を遠ざけてしまうのが恐ろしかった。 リーゼは目を開いて彼を引き寄せ、すべての雑念を追い払って、ふたたび深い情熱に溺れた。







表紙 目次前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送