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表紙

金の声・鉛の道
―83―


――いてくれた。 今度は姿を消さなかった!――
 それだけで既に、泣きたいほど嬉しかった。 リーゼは長いマントから両腕を差し出して、影に走り寄った。
 ヴァルも腕を広げて迎えた。 黒に近い濃紺のフード付きマントで全身をくるんでいるせいで、まるで修道僧のように見えた。
「遅くなってごめんなさい」
「そんなに待たなかったよ。 さっきまで同僚の家で海図を写していたんだ。 侯爵夫人のお茶会をすっぽかしたから、アリバイが必要でね」
 そう言って、ヴァルは白い歯を見せた。
 そこへ、扉に紋章をつけた馬車が通りかかった。 知り合いだったのかもしれない。 とっさにフードを引き上げるヴァルを見て、リーゼは小声で話しかけた。
「ここじゃゆっくり話せないわ。 冬だから公園にも行けないし。 中へ入りましょう。 私の部屋に」
 ヴァルはためらった。
「しかし……」
「あそこはあなたの部屋でもあるのよ。 家賃を払っているのはあなただもの。 それをいいことに、ずっと住みついてしまっている私が悪いんだけど」
「君は悪くない! 半年ごとに入金するとき、いつもホッとしてたんだよ。 ああ、君はまだここに暮らしている、僕の知っているこの部屋にいてくれるんだって」
「それなら上がって。 二人で暖かい物を飲みましょう。 郊外で買った焼き菓子もあるわ。 昔みたいにくつろいで、話を楽しみましょうよ」
 それでも少しの間、ヴァルは心を決めかねていた。 さっきの庭園での態度といい、決断力のある彼には珍しいことだった。


 だが、マリツキーまで会いに来たのが、そもそも何かを振り切ったという事実を表していた。 ヴァルはリーゼの頬にそっとキスすると、低い声で応じた。
「そうだね。 ここは寒すぎる」
 二人はしっかりと手を握り合った。 ヴァルがドアを開け、リーゼを先に通して、ぴたりと背後に閉め切った。







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