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表紙

金の声・鉛の道
―81―


 リーゼの手が肘に触れたとき、ヴァルはピリッと電気が走ったようになった。
「会いたかったわ」
 低い声が木魂〔こだま〕のように返ってきた。
「僕も会いたかった」
「あなたが今の私を育てたのよ」
「違う。 君はもともと才能の塊だった」
「でも音楽理論を教え、歌の技を磨き、自信を与えてくれたのは、他の誰でもない、あなたよ」
 そのままリーゼは顔を下げて、ヴァルの胸に額をつけた。
「歌を聴きに来てくれた? 一度か、二度は?」
「何度も行ったさ。 何度も!」
 遂に、ヴァルの口から真実の欠片がこぼれ落ちた。
「君はその度にきれいになって、堂々として、ステージの中心になっていった。 あのアンコールの嵐! 観客にすぎない僕でさえ、興奮して眠れなくなったほどだ」
「なぜ楽屋に来てくれなかったの?」
「それは……」
 ふっと現実に戻って、ヴァルは言葉を切った。
「もう僕の役割は終わったから」
「そんなこと言わないで!」
 もうリーゼは、彼の胸にもたれて体を預けていた。 ヴァルも右腕で彼女の肩を包み、ためらいがちに髪に頬ずりした。
「今夜もメートケ劇場で歌うんだろう? ここで冷えたら喉に悪いよ」
「ええ、行くわ」
 素直に答えた後、リーゼは外そうとしたヴァルの袖をぎゅっと握った。
「あとでもう一度会ってくれるなら」
「リーゼ……」
「八年よ! 話したいことや訊きたいことが山のようにあるの。 もう一度だけ。 それぐらいいいでしょう? 約束して」


 風に揺れるライラックの枝を見つめてしばし考えた後、ヴァルはようやく声を出した。
「明日の午後には船に戻らなくちゃならない。 話ができるのは今夜しかないな。 君の舞台が終わったら、マリツキーの外の道で待ってるよ」







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