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表紙

金の声・鉛の道
―77―


 アイメルトが心配して色々訊いたが、リーゼは無言だった。 口の代わりに、頭が勝手に動き、事実をつなぎ合わせていった。
――エルメンライヒ号。 旗艦にもなる装甲艦と聞いた。 ヴァルはその船に乗り組んでいる。 そして、少なくとも四回は上陸して、このウィーンに来ているんだ。 あのお嬢さんがさっき、そう言っていた――
 リーゼには一度も連絡がなかった。 もしかしたら、遠くで姿を見かけることがあったかもしれない。 だが、ヴァルは会いに来なかった。
 リーゼはうつむき、ゆっくりと手提げの中から封筒を取り出した。 そして、黙ったまま、アイメルトに渡した。
 急いで中を開けたアイメルトは、さっと読み下すと、額に手を当てた。
「なんだ? この手紙は……」
「私は父を知らないの」
 リーゼは低く説明した。
「生きているか死んでいるのかさえ。 だから、もしかしたらと思って」
「それで? 会えたの?」
「いいえ……」
 言葉がくぐもった。
「別の人を見たわ。 前に好きだった人」


 アイメルトの表情が深刻になった。
「昔の恋人?」
「そこまで深くはなかったの。 でも、大好きだった」
「今でも未練があるんだね」
 フーッと息をついて、アイメルトは通ってきた道筋を馬車の窓から眺めたが、もうはるかに遠ざかっていて、ファン・アイブリンガー邸は見えなかった。
「で、父親らしい人は?」
「いなかったし、わからなかった」
「こんな手紙、いたずらだよ、きっと」
「そうね」
 頷いてみたものの、リーゼは割り切れなかった。 あまりにも符号が合いすぎている。 大将の令嬢がヴァルを呼んだ時間を、こんな手紙の形で、誰かがリーゼに教えた。 そうとしか思えなかった。
「ショックだったんだね。 気分が悪いなら、侯爵夫人のお茶会はキャンセルして、家で休むかい?」
「いいえ」
 気を取り直して、リーゼは元気を装った。
「部屋でぽつんとしていると、余計なことを考えそう。 お茶会で賑やかにしているほうが、気が紛れていいわ」








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