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―75―
フォン・アイブリンガー邸はわかりやすい場所にあった。 しかも、道に沿って伸びる庭園には、低い銅色の柵しかなく、中がほとんど見渡せた。
小さな裏門は、錠がかかっていなかった。 そっと忍び込んでいいものだろうか。 でも、怪しい者と間違えられたら評判に傷がつくし…… リーゼが門の前でためらっていると、庭に人の気配がした。
あわてて、リーゼは身を翻し、すんなりした糸杉の幹に隠れた。
植え込みの背後から歩いてきたのは、上等なコートを着た若い娘だった。 飛ぶような足取りで哲学者風の白い彫像に近づくと、前に置かれたベンチに腰かけた。
リーゼは困った。 娘は明らかに人待ち顔で、首を伸ばしては庭の後ろを窺〔うかが〕っている。 彼女が去るまでは、とっさに身を寄せた木陰から出ることができない。 幹のどちら側へ回っても、はっきり見えてしまうから。
やむを得ず、片目で様子を見ながらじっとしていると、間もなく植え込みの枝が揺れ、娘の待ち人が姿を現した。
それは、小脇に帽子を抱えた軍人だった。 濃い茶色の髪を短く刈り、唇の上に髭を蓄えている。 きりりとしていて姿勢がよく、彫りの深い顔立ちで、海軍の軍服が非常に似合っていた。
彼は娘の前で止まり、きちっと踵をつけて挨拶した。 美しいが表情のない声が、ほとんど動かない口から発せられた。
「ザビーネ嬢、わたしにだけ話したいこととは、一体何ですか?」
ザビーネは、小鹿のような眼を開いて、前の男を見上げた。 膝のポシェットを掴む指が、緊張で白くなっていた。
「どうぞ、こちらへお坐りになって」
横を手で示されて、若い海軍士官は長い脚を折って腰を下ろしたが、娘とは微妙な距離をおいた。
体を斜めに乗り出すようにして、ザビーネは小声で訴えた。
「うちへ見えるのは、今日で四度目ですね?」
「そうですか? 覚えていませんが」
冷淡な答えに、ザビーネの唇が震えた。
「いつも楽しみにしておりましたわ。 エルメンライヒ号の帰港を指折り数えて」
男は答えず、軍帽を脇に置いた。 じれったそうに、ザビーネはわずかに男ににじり寄った。
「ハルテンベルク様、今日無理を言って、来ていただいたのは、あなたのお気持ちを知りたいからです。 私のこと、どう思われますか?」
ハルテンブルクと呼びかけられた男は、艶のある茶色の眼で臆することなくザビーネを見返し、平坦な口調で答えた。
「フォン・アイブリンガー大将のお嬢様で、人気のある方だと。 それ以上でも以下でもありません」
娘の頬が、さっと白くなるのがわかった。
「それ以上ではないって……父は、私が望むならあなたを説得すると約束してくれました」
「残念ながら、無理です」
ハルテンブルクは洗練された身のこなしで立ち上がり、再び帽子を抱えた。
「お話がそれだけなら……」
傷ついた娘の叫びが、男に叩きつけられた。
「他に好きな人がいるんですか!」
ハルテンブルクは立ち止まり、低く答えた。
「父の跡を継いで海軍に入ったときから、国に身を捧げる覚悟でした。 いつでも戦死する心構えはできています。 わたしのために不幸な未亡人を作るつもりはありません」
「ヴァルターさん! それでもいいと私が思えば?」
遂にザビーネは、男のファーストネームで呼びかけた。 だが、彼は振り返らず、固い足取りで元来た道を引き返し、あっという間に姿を消した。
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