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表紙

金の声・鉛の道
―72―


 歩けば十分以上かかる道のりでも、馬車なら四分で行けた。 エクスナーの実家を知っているため、リーゼは近道を指示して、急いで馬車を走らせた。
 わずかな時間だったが、その四分に、リーゼとエルミーラは夢中で情報を交換し合った。
「まあ、ガスパルが市役所建設の主任になったの? 凄いわねえ」
「リーゼの言ったとおりになったわ! リンクの周りは建築ラッシュで、腕のある職人は引っ張りだこなの。 あれやこれやで、昨日から石材の買出しにフェルトレのあたりまで行ってるのよ」
「今お留守なの?」
「そう、だから今夜送ってきてもらえなかったわけなんだけど。
 でも、よく働いてくれて感謝してるわ。 一昨年、北のほうに家を買えたのよ。 小さいけど、庭もついてるの。 自分の家が持てたなんて、夢みたいよ!」
「それで、子供さんは何人?」
「四人」
 ちょっと照れた顔で、エルミーラは指を折った。
「長男がレオナルト、長女がハイディー、それからダニエラとグートルン」
「うまい具合に男の子と女の子が二人ずつなのね」
 リーゼは笑った。 エルミーラも体を揺らして笑い、軽くお腹を叩いてみせた。
「それに、もう一人。 来年の春に生まれるの」
「おめでとう!」
 また抱き合ったところで、馬車が揺れ、馬の脚が止まった。


 新しい家の住所を教えて、エルミーラは慌しく馬車を降り、軒の垂れた暗い建物の中に吸い込まれていった。
 馬の向きを変えての帰り道、リーゼはなんとなく沈んでいた。
 友の無事がわかったのはとても嬉しかった。 彼女が丸くなって幸せそうなのも、心から祝福した。
 だが、一人になって顧みると、孤独がひたひたと迫った。 ファンや崇拝者に取り囲まれる身でありながら、リーゼには、恋人どころか男友達もいなかった。

 燦然と光り輝くのは、ある意味辛いものだ。 そんな気はないのに、周囲はリーゼに必要以上に気を遣い、遠巻きにして見守るだけだった。 男たちは優しく、親切にしてくれるが、いつまでも丁寧語を使っていた。 昔なじみのロベルトやテオでさえ、逢えば楽しく話を交わすものの、どことなくリーゼに距離を置くようになっていた。
 それなら自分から垣根を取り払えばいい、とわかってはいる。 だが、リーゼのほうも私生活に他人を近づけるのに抵抗があった。 部屋に一人でいるときが一番落ち着く。 傍にいてほしいと思う男性は、アイメルトだけだった。 もちろん恋人としてではない。 アイメルトにはハンナという愛妻と三人の子供がいて、みんなリーゼと仲良しだった。


 やっぱりあの人のためだろうか、と、リーゼはぼんやり窓を見やった。 こんなに月日が経って、あれきり連絡もないのに、ヴァルター・イェーガーはリーゼの胸にどっしりと住みついて、機会あるごとに甘い痛みになって蘇ってくるのだった。








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