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伸び上がって口を開けようとした瞬間、背後から強く引かれた。
「気をつけて!」
叫び声で斜め横を見ると、積んだ家具を危なっかしくはみ出させた荷馬車が乱暴に走り抜けていった。
肩を波打たせながら、リーゼは道の向こうに目を凝らした。 もう上等な馬車はなく、勢いを増した雨が舗道にはねて、白い飛沫を上げていた。
リーゼを引き止めたのは、アイメルトのがっしりした腕だった。 彼は、放心状態のリーゼを抱きかかえるようにして、素早くカフェの店内に移動した。
「雨がひどくなってきましたね。 ところで、何をあんなに一生懸命に見ていたんですか?」
リーゼは徐々に我に返った。 すぐに、言いようのない寂しさが心を覆った。
――あれはヴァルだ。 確かに彼だった!
近所に来たのなら、なぜ会いに来てくれないんだろう。 五分でいい。 いや、三分でも、一分だっていい。 あの笑顔をちらっと見せてくれるだけでも…… ――
フードを下げるのも忘れてぼんやりと、花綱模様のついた柱に、リーゼは寄りかかっていた。
次々と入ってくる客に愛敬を振りまきながら、店の奥から女主人のベルタが出てきた。 そして、目ざとくリーゼを見つけて歩み寄った。
「ああ、お帰りなさい。 さっき、イェーガーさんが見えてね。 旅の途中でちょっと立ち寄ったんですって」
―― イェーガーさん……ヴァル?――
リーゼの口がわなないた。 あっという間に、瞳が星のように輝いた。
「ここへ?」
「ええ。 あなたが部屋を引き継いだって聞いて、とても喜んでいらしたわ。 それでね、すぐ汽車に乗らなくちゃいけないと従者の人がせきたてたんだけど、構わずにこれを書いてね、あなたに渡してほしいって」
四つ折りになった紙を、リーゼは震える指で受け取った。 寂しさは朝霧のように消え、我慢できないほどの喜びが胸を熱くした。
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