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―66―
テオが馬車でリーゼを連れて行ったのは、ミヒャエル教会だった。 王宮前の広場に面した教会は、白いファサードを夕方の残照にうす赤く光らせて、静かに佇〔たたず〕んでいた。
門をくぐりながら、テオは説明した。
「スッペさんは、ここのオルガニストで総指揮もやってるライゼナッハさんと知り合いなんだ。 次のミサで、オラトリオを歌うソプラノを探していたんで、君を推薦したそうだ」
「まあ」
不意に息が詰まったのは、急いで歩いてきたせいだけではなかった。 リーゼはスッペと、それにテオの好意に目頭を熱くした。
これで仕事探しに無駄な時間を使わずにすむかもしれない。 うまく行けば、どこか遠くにいるヴァルをがっかりさせることもない。 ライゼナッハさんの評価基準に叶えばいいが、と、リーゼは心底から願った。
ライゼナッハは、双手を上げて迎え入れてくれた。 そして、二週間後の日曜日に行なわれたミサで、リーゼの評価は決定的になった。
王族が列席した正式な大ミサだったため、市の主だった実力者がたくさん来ていて、口々に、リーゼ・シュライバーの歌声は祭壇のキリスト像や堕天使像が聞きほれて起き上がるほどの美しさだったと噂した。
翌日、リーゼの部屋には、オペラハウス関係者が三組、コンサートマスターが二人、入れ替わり立ち代わり訪れて契約を迫る、という騒ぎになった。
いくら吹き消そうとしても、圧倒的な才能は巨大な松明のように燃えさかって、ますます輝きを増す。
リーゼ・シュライバーは、ウィトゲン劇場と出演契約して、三ヶ月後にはスターになっていた。
作曲家たちは、こぞってリーゼに歌を捧げた。 そのうち二曲が流行し、秋を迎えたウィーンの街角を手回しオルガンやカフェのピアノの響きで彩った。
冬が近づくと、リーゼは目の回るような忙しさになった。 劇場、教会、それに有力者の開く音楽会。 新しもの好きで耳の肥えたウィーンの人々は、ぜひともリーゼをゲストに迎えたがった。
最初のうち、リーゼはきちんと予定をメモに取って、スケジュールをこなしていた。 しかし、通し稽古はあるし出番は次々と来るし、どうしようもなくなって、叔母のグレーテに助けを求めた。
叔母は、ロジーナとベアータのバウマン姉妹に相談した。 すると、ベアータがすぐにある名前を挙げた。
「マルティン・アイメルトがいいわよ。 彼なら信用できる」
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