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リーゼはあっけに取られた。 いくらなんでも出ていったままということはないだろう。 プリマなんだから、誰かが説得して連れ戻してくるはずだと思いつつ、やや乱れた気持ちで、ロベルトに続いて舞台に出ていった。
カルラに命じられた通り、声を押さえ気味にして控えめに歌ったが、観客の反応はよかった。 相手役のロベルトも嬉しそうで、幕が閉じるとすぐ、音を立ててリーゼの頬にキスした。
「よかったよー! これがデビューなんて思えない」
「ありがとう。 でも心臓がこんなに飛びはねてて、すぐ傍にいるあなたの顔さえはっきり見えなかったわ。 これが、上がるってことなのね」
「そのぐらいなら立派なもんさ。 幕が開いたとたんまっすぐ立てなくなって、腰を抜かした歌手がいるんだから」
「そうなの?」
小声でしゃべっている二人を、楽屋係が勢いよく幕の間から押し出した。
「アンコールですよ! 早く!」
焦って三歩進み出て、手を繋いで頭を下げると、熱心な拍手が沸いた。 遠くからレナーテらしい叫びがかすかに聞こえた。
「すごい! かっこいいよ、リーゼ!」
最後に出ていったマテウスは、それほど歓迎されなかった。 一同が改めてお辞儀して引っ込むとき、野次が飛んだ。
「音程の外れた歌姫はどうした!」
幕間に、舞台裏は騒ぎが大きくなっていった。 すぐに回れ右して戻ってくるだろうと思われたカルラが、今回に限って飛び出していったままなのだ。 しかも、代役のエルフリーデ・オイレンベルクの姿まで消えている。 こういうときに備えて、カルラの役を準備しているはずなのだが。
門番の話だと、渋るエルフリーデに金を掴ませて、カルラが自分の馬車に乗せていったということだった。
本気でオペレッタをぶち壊す気なんだ、と、ギーゼブレヒトは怒り心頭に発した。
「あのクソ女! まだそんな年じゃないのに、わがまま放題で喉をつぶしやがって! 勝手に恥をかいたからって、俺達に八つ当たりしてただですむと思うなよ!」
緊急事態に、オーケストラボックスの陰で見守っていた作者のスッペが舞台裏に飛んで来た。
せかせかとニ往復しながら話し合った後、音楽監督のギーゼブレヒトは決断を下した。
「何としても舞台に穴をあけるわけにはいかない。 リーゼ・シュライバーくん、すぐ着替えて、主役のカティアを歌え!」
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