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―59―
曲が終わると、すぐテオがフロアに出てきてダンスを申し込んだ。
立っているだけで肩が触れ合うほど混んだダンス場を、器用なテオは巧みにリーゼを誘導して動いた。
「どう? ロベルトより僕のほうが踊れるでしょう?」
「そうね、でも彼は甘く歌えるから」
「僕だって甘く弾けるよ」
冗談とも本気ともつかぬ口説きを受け流して、リーゼは軽くステップを踏んだ。
やがてステージに踊り子が六人ほど出てきて、目まぐるしく動きながらショーを始めた。 短い赤のブリーチス(=ブルマー)を穿いていて、ニュッと出た白い脚がなまめかしい。 リーゼはその中にバウマン姉妹がいるのを見つけ、小さく手をヒラヒラさせて挨拶した。
二人もリーゼにすぐ気付いた。 ロジーナは笑顔を広げて頷き、ベアータはウインクしてみせた。
そのウインクを、自分に向けたものだと勘違いしたらしく、テオが嬉しそうに呟いた。
「合図してる。 僕もまんざらじゃないらしいな」
「付き合いたい? 紹介しましょうか? 友達だから」
事情を承知でリーゼが言うと、テオは慌てて胸を張った。
「いや、僕は君のほうが美人だと思う」
リーゼは笑い出した。
「それはお世辞にしても言いすぎよ。 ほら、ベアータは踊り子さん達の中でも目立ってるじゃない」
肩をすくめたテオの横を、カフェのオーナーであるベルタ夫人がすり抜けていった。
リーゼの脇を通るとき、ベルタは軽く身をかがめるようにして、耳元に囁いた。
「ここの上の部屋、一年分まとめて家賃が振り込まれたわよ。 いつ引っ越してくるの?」
ベアータたちに向けていた笑顔が、引きつったまま動かなくなった。
――部屋……ヴァルが暮らしていた、あの…… ――
憂いを含んだ声が、脳内にこだました。
『僕がいない間、君があそこに住んでほしい』
ヴァル、ヴァル!
リーゼがほとんど息を止めて、青白い顔色になっているのを見て、テオはびっくりしてテーブルに導いていった。
「続けて踊って、疲れた? ごめんね」
「いいえ」
遠い波のざわめきに似た声で、リーゼは答えた。
「違うの。 とても、とても素敵な知らせを聞いたからなの」
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