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部分練習は半月で終わり、幕ごとの通し練習に入った。
その頃にはリーゼの声量と人当たりの良さは評判になっていて、劇場に行くとスタッフや他の歌手たちが敬意を込めて挨拶してくれるので、朝出かけるのが楽しみだった。
当然、トップ歌手のカルラは面白くない。 スッペにねじこんで、自分のアリアを強引に増やしてもらった。
「今受け持ってる歌も覚えてないのに、もう一曲頼んでどうするつもりだろう」
リーゼが招待したカフェ『マリツキー』でカツレツを食べながら、テオが辛辣にカルラを批評した。
ロベルトは壁の棚に差してある新聞を引き出して読んだ後、いまいましげにグラスをポンとテーブルに置いた。
「わがオーストリアの軍隊は、かげろうよりもかぼそいな。 ヴィッラフランカの和約で、ウィーン全体より広い土地を取られちゃってるよ」
「遠くの戦争より近くの竜巻だ」
と、テオが唸った。
「お姫様が我等のリーゼに、もっと小さい声で歌えと文句つけてきたんだぞ」
「私はいいのよ。 アンサンブルが大事だもの」
リーゼは大して気にしていなかった。 確かにカルラは全盛期に比べて声量が落ち、高い声も出にくくなっている。 だがリーゼは、若さにまかせてカルラを圧倒し、プリマの座を奪おうとは思っていない。 まずは劇場のしきたりや力関係を学び、演技を勉強して、劇を盛り上げるつもりだ。 このオペラが成功したら、次の仕事を貰いやすくなるのだから。
ふと見ると、テオが小鬼のような笑いを向けていた。
「その控えめな態度は、地なのかい? それとも、遠くを見据えた作戦の一部?」
リーゼも負けずにいたずらっぽく微笑んでみせた。
「どっちも正解かな。 世の中、自分の思うとおりには行かないでしょう?」
「早くから悟ってるね。 もっと野心的でいいんだよ。 この世界は足の引っ張り合い、泥試合だらけだ」
静かに流れていた音楽が変わった。 軽快なポルカが聞こえてきて、ロベルトが身軽に席を立った。
リーゼに片手を差し出すと、彼は楽しげに申し込んだ。
「お嬢さん、一曲いかがですか?」
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