表紙目次文頭前頁次頁
表紙

金の声・鉛の道
―55―


 二日後の水曜日から、劇場は夏にやるオペレッタの稽古に入った。
 女学生のようなおとなしいスカートとブラウス姿で劇場に行ったリーゼは、さっそくギーゼブレヒトから、座付き作曲家のスッペ氏に紹介された。
「掘り出し物なんだ。 まあ一度声を聞いてみてくれよ。 きっとのけぞるから」
 立派な髭をたくわえたフランツ・フォン・スッペは、テーブルに楽譜を忙しく広げながらてきぱきとした口調で言った。
「よろしい。 ちょっと歌ってみてくれ。 ア・カペラで」
 急に音楽の専門用語が出てきても、リーゼは戸惑わなかった。 ヴァルと別荘で過ごした日々が役に立った。 二ヶ月前は、ピアノのどの鍵がCかさえ知らなかったが、今の彼女は、アカペラが無伴奏の意味だと聞き知っていた。
 軽く息を整えて、リーゼは歌い出した。 大好きな、雲雀の歌を。
 すぐにスッペの手が動きを止めた。 目が驚きに広がり、短い歌が終わると、握り締めていた手を持ち上げて、ゆっくり打ち合わせた。
「ブラボー! そうとしか言いようがない。 見事だ。 このきゃしゃな体から、よくこんな豊かな声が出るものだ!」



 リーゼはさっそく、今夏に上演の決まった『キューピッドの眠り』で役を貰うことができた。 題名通り、キューピッドが夏の午後、ついうとうとと寝込んでしまったために、二組の男女が相手をまちがえて恋をするという話で、リーゼの役は第二の恋人、明るい村娘ダニエラだった。
 最初から準主役! スコアをポンと渡されて、リーゼはさすがに上がり気味になった。 楽譜の読み方は、ヴァルのおかげで何とかわかる。 メロディーパートを探して、小さくハミングしてみた。
 横に人の近づく気配がした。 聞き覚えのある声が話しかけた。
「そう、その調子。 プリマのお姫様に奉仕した後で、君の分を弾いてあげるよ」
 それは、オーディションの時のピアノ弾きだった。 目が合うと、彼は楽譜の束をしっかりとリーゼの胸に抱えさせて、言い残した。
「がっちり持ってるんだよ。 ライバル達に盗まれないように」


 






表紙 目次前頁次頁

背景:ぐらん・ふくや・かふぇ/ボタン:May Fair Garden
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送