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表紙

金の声・鉛の道
―43―


 別荘に着くと、見慣れたデイジーや三色すみれに加えて、新しい花が咲き出していた。
 透けてみえるほど薄い花弁の大きな八重の花に、リーゼは見とれた。
「豪華ね。 これは?」
「鬼げしだよ。 野山に咲く赤いケシの花を改良したらしい」
「風に揺れて、まるで揺りかごみたい。 中で小さな妖精がお昼寝をしていそうね」
「君らしい。 かわいい空想だ」
 笑いを含んだ声で言って、ヴァルは腰をかがめ、リーゼの頬にキスした。


 雨が落ちてきそうだった空は、二人が別荘の建物に入って間もなく、次第に明るく変わってきた。
 そして、半時間ほど経った頃には、分厚い雲が切れて、光の筋が大地を照らした。
 チーズを食べ終わり、何気なく外を見たリーゼは、薄暗かった庭園が輝きを増しているのに気付いて、窓辺に飛んでいった。
「晴れてきたわ! 花が光って、あんなにきれい!」
 ヴァルは椅子から動かなかった。 ワイングラスを持ったまま、嬉しそうなリーゼの横顔をじっと見つめていた。
 リーゼは窓を開き、身を乗り出して日の光に顔をさらした。
「こんな素敵な別荘を使わせてくれたあなたのお友達に、心からありがとうと言いたいわ。 いくらでも大声で歌えるし、ここは小さな天国!」
「ほんとにそうかもしれないね」
 ヴァルは呟いた。
「外界から切り離された、ちっぽけな楽園だ」
「ちっぽけじゃないわ」
 振り向いて、リーゼは無邪気に反論した。
「こんなに広いのに。 ぐるりと回ったら足が疲れるほどでしょう?」
「馬車なら二分、馬を飛ばせば一分で横切れるよ」
 ヴァルはゆっくりと立ち上がった。 そしてリーゼを横から抱き、髪に顔を埋めた。
「僕の力は限られている。 でもその中で精一杯君を守るよ。 君にはその価値がある。 才能でも、人柄でも」
 腕に力を込める寸前で、ヴァルはパッと体を離し、少年ぽく微笑んだ。
「さあ、歌ってくれ。 今日はヘンデルのメサイヤの楽譜を持ってきたんだ。 たまには宗教歌もいいよ」








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