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―39―
翌日の夕方、リーゼが同僚と肩を並べて工場の門を出ると、高い塀にもたれていた大きな姿が、すっと身を起こした。
リーゼは驚き、同時に嬉しくなって、ヴァルに駆け寄った。
「ヴァル! どうしてここが?」
微笑して、ヴァルは愛しげにリーゼの手を取った。
「グレーテさんに工場の場所を訊いた。 どうせならずっと一緒に帰って、君を守りたいから」
いつも以上にうきうきと、リーゼはヴァルの腕に手をからませて歩いた。 刺繍の細かい針目を見続けて目が痛いし、肩は凝っているけれど、彼が隣りにいるだけで、薄暗い道が明るく見えた。
その後、ヴァルは毎日、工場まで迎えに来てくれた。 そして週末は、バスケットにお弁当を入れて、二人で別荘に出かけるのだった。
ヴァルは、いろんな歌曲の楽譜を持ってきた。 譜面を覗きこんで色々教えてもらっているうちに、リーゼは音符が読めるようになり、一段と歌が楽しくなった。
分厚い大型の楽譜集を手に取ってみて、リーゼは感心した。
「春の歌曲集……こんな素敵なものが出版されてるのね。 いい歌が山のようにあって、覚えるのが楽しみ」
「夏、秋、それに冬もあるよ。 今度まとめて持ってくる」
ピアノの上に置ききれなくて、椅子にも楽譜が積み重なった。 リーゼが立ったまま腰をかがめて五線譜をたどっていると、伴奏するため坐っていたヴァルが、すっと胴に手をかけて膝に抱き取った。
「そんな格好をしていたら足が疲れるよ」
左手がリーゼの体を巻いて、右手がメロディーを弾いた。 低くハミングしながら、リーゼの顔が次第に傾き、ヴァルの巻き毛に埋もれた。
「いい匂い……お日様の匂いがするわ」
「君は花の香りがする」
ピアノの音が止まった。 唇が軽く触れ合った。
体の向きを変え、本格的なキスに入ろうとしたとき、窓際を何かの影がサッと横切った。
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