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―38―
誰でも知っている流行歌を二曲歌って、客を楽しませた後、リーゼはひときわ声を張り上げた。
「さあ、みんなで歌いましょう! 『谷間を行けば』を!」
すぐに人々は、一杯になった腹を抱えて、民謡を大合唱した。 ベアータも賑やかに鍵盤を鳴らしながら、全身で歌った。 ヨーデル風の爽やかなメロディーを。
歌の後は、プレゼントが待っていた。 色や形が様々に違う包みを次々に渡されて、リーゼは大喜びで人々にキスして回った。
気が付くと、壁の時計が九時を知らせていた。 グレーテは、しびれた足をさすりながら椅子から立ち、ご機嫌で宣言した。
「さあさ、お開きですよ。 今夜は姪のリーゼのためにお集まりくださって、ほんとにありがとう。 明日からもこの子と、そしてこの下宿をどうぞごひいきに」
下宿人たちが引き揚げていった後、リーゼはヴァルを送って外の道に出た。
相変わらず、通りの向こうは賑やかだった。 酔ってヒョロヒョロ出てくる男や、扉の傍でいつまでも抱き合っている男女、掴みかからんばかりに議論を闘わせながらドアを出て、道を去っていく三人組もあった。
下宿屋の小さな庇の下で、そっと手を取って見詰め合う若い二人に目を止める者は誰もいなかった。
リーゼの指先に唇をつけて、ヴァルは囁いた。
「すてきな誕生会だったね。 家庭的で」
「それに、庶民的で」
リーゼは笑い混じりに答えた。
「ほんとなら親友のエリーにも来てほしかったんだけど、幼なじみと駆け落ちしてから連絡が取れないの」
「それがさっきの悪党の娘なんだね」
ヴァルの瞳がきらりと光った。 リーゼは不意に切なくなって、無意識にヴィリーの肩を持った。
「ヴィリーおじさんだって、あんなよれよれの酔っ払いになりたかったわけじゃないのよ。 若い頃は、馬車馬のように働く腕のいい塗装工事人だったんですって。 でも、壁塗りで肺をやられて、根気が続かなくなって、それから酒に溺れて」
「妻や子供を殴って金を巻き上げるようになった」
ヴァルの目の光は、怒りの色に変わっていた。
「そして君のことも。 暴力を振るう元気が残っているなら、もっとましなことに使うべきだ」
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