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表紙

金の声・鉛の道
―37―


 食堂には、下宿人たちが勢ぞろいしていた。 気難しいダヴィド夫人までいつもの椅子に腰かけて、テーブルを賑わすご馳走を嬉しそうに見ながら、袋に入れた毛糸玉を回して編物をしていた。
 リーゼが戸口から顔を出すと、口々に祝いの声が飛び交った。
「おめでとう!」
「おめでとう、リーゼ!」
「ありがとう!」
 はにかみながらも笑顔一杯で、リーゼは背後からヴァルを引き寄せ、人々に紹介した。
「あの、大事なお友達なの。 ヴァルター・イェーガーさん」


 たちまち、部屋の中がシーンとなった。 好奇に満ちた目が、一斉にヴァルにそそがれた。
 ロジーナとベアータのバウマン姉妹は、そっと目くばせし合った。 一方、学生のレギナルトは、面白くなさそうにこっそりテーブルの下に唾を吐いた。
 グレーテが立ち上がり、笑顔を見せながら二人に近づいた。
「ようこそ。 お向かいに部屋を取っている方ね」
「はい」
 深く静かな声で、ヴァルは答えた。
「ライプチヒ大学の学生です。 今は休暇中で、オーストリアに戻ってきています」
 驚いて、リーゼは彼の顔に目をやった。 ライプチヒ大学? これまでヴァルは自分の身分について何も語らなかったので、初めて聞いた具体的な組織名だった。
 グレーテの笑顔が本物になった。
「そう、大学生なの。 ブロッホさんと同じね。 どうぞ、ここに坐って」
 窓の下から予備の椅子を持ってきた先は、リーゼの隣りだった。 ヴァルは礼を言い、マントを壁にかけて、リーゼのために椅子を引いてから自分も坐った。


 食事は賑やかに進んだ。 ボルツ先生がスピーチをして、それから皆で乾杯し、ケーキを切り分けた。
 いい感じに盛り上がったところで、ベアータが壁際の小さなオルガンを開け、リーゼを手招きした。
「さあ、歌おう! リーゼ、みんなに天使の声を聞かせて!」
 ヴァルが真っ先に拍手して、回りも続いた。






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