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その後、二人は腕を組んで、いつものようにリンクの空き地に歩いていった。
大事なたった一人の聴衆のために、リーゼは心を込めて歌った。 前は自分の気の向くままメロディーをたどっていたのだが、ヴァルが熱心に聞いてくれるようになってからは、自然と彼の反応に合わせて、微妙に声音を変えて発声するようになっていた。
『小鳥と乙女』という小歌曲を歌い終わると、ヴァルは閉じていた眼を開いて、にっこりした。
「たしかこの歌の楽譜には、囁くように静かに終わる、と書いてあるんだ。 その通りにやってたね」
「もうちょっと声を押さえたほうがいい? 私のいとしい小鳥よ、お休み、というところが派手すぎた気がするの」
「うん……そうだね、君の声は華やかだから、デクレッシェンドのときには思い切って声量を落としても充分聞こえるよ」
「デクレッシェンドって?」
ヴァルは傍に落ちていた枝を拾って、赤茶けた地面に横長のくさび型を描いた。
「右に細くなってるだろう? だんだんと音を小さくしていくという記号なんだ」
ヴァルは、反対向きの音楽記号も描いてみせた。
「こっちがクレッシェンド。 意味わかるよね?」
「ええ、だんだん大きくしていくのね」
「その通り」
デクレッシェンドの反対がクレッシェンドか―― リーゼは頭の中で繰り返した。 ヴァルは物静かで押し付けがましくないが、訊けば大抵のことは知っていて教えてくれる。 特に音楽には詳しかった。 あまり年が変わらないのに凄いなあ、と、リーゼは彼を密かに尊敬していた。
のびのびと三曲歌っての帰り道、リーゼは思い切ってヴァルを誘ってみた。
「今夜おばさんが誕生会をやってくれるの。 家庭料理だけどご馳走作ってくれるって。 もしあなたが来てくれたら、楽しさが倍になるわ」
ヴァルは眼を伏せて、敷石に伸びる自分の影を見ながら五歩ほど歩いた。
それから、やや不自然な調子で答えた。
「招待ありがとう。 喜んで行くよ。 君達の食べる分が少なくなってもいいなら」
嬉しくなって、リーゼは声を立てて笑った。 そして、ヴァルの右腕に両手をからめて抱きついた。
「嬉しい! これまでで最高の誕生日になったわ!」
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