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―35―
それにしても、本当に幸運だった。 あそこでヴァルの後ろ姿が見えたのは。
「ありがたかったわ、ヴァル。 あなたがいなかったら、きっと街じゅう引っぱり回されて、なかなか離してもらえなかった」
痣のできた手首をさすりながら、つい愚痴が出た。
「いやんなっちゃう。 今日は誕生日だっていうのに」
その言葉を聞いたとたん、ヴァルは驚いて目を見張った。
「誕生日? 君の? どうして言ってくれなかった!」
「え?」
リーゼはたじろいだ。 何回か話そうかなと思ったが、なかなか口に出せなかったのだ。 叔母のパーティーに招待したくても、まだ正式に紹介していないし、前もって言うとプレゼントを催促しているようで、気が引けた。
ヴァルは、急に落ち着かなくなった。
「せめて昨日教えてくれれば準備ができたのに」
「気を遣わないで、ヴァル。 まだ知り合ってから半月しか経ってないのよ」
そわそわしていたヴァルの動きが止まった。 頬を優しい微笑がかすめた。
「なんていい人なんだ、君は。 僕は幸運だったね、顔だけじゃなく心もきれいな人と巡りあって」
それから彼は視線を横にある馬車屋の壁に向け、少し考えていた。
やがて意を決して、首のボタンを一つ外すと中から鎖を引き出し、頭から外した。
「誕生日おめでとう。 これを受け取ってくれないか?」
ヴァルの手のひらに載ったペンダントヘッドを、リーゼは魅入られたように見つめた。
それは、精巧に彫られた銀細工だった。 楕円形の上を斜めに横切って、ダイヤの線が二列にちりばめられ、夕陽を仄かに反射して上質な輝きを放っていた。
うれしいと同時に困って、リーゼは両手を捻じ合わせた。
「ずっと身につけていたんでしょう? 大事な物なのに」
「だからこそ君に」
ヴァルは声を落として、囁くように言った。
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