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表紙

金の声・鉛の道
―34―


 声量のある豊かな声は、百メートル以上の距離を軽々と越えて、ヴァルの耳に届いた。
 彼はすぐ足を止め、素早く振り向いた。 ヴィリーは急いでリーゼを連れ去ろうとしたが、わずかの差で揉み合う姿を見られてしまった。
 いまいましげに唸りながら、ヴィリーは片手を振り上げた。 次の瞬間、リーゼは目から火花が出たかと思った。
 ビシッと顔を張られたのだ。 頬がひりひりと痛み、指がかすめた右目は涙で曇った。
 駆け足の靴音がみるみる近づいてきた。 そして、頼もしい手がヴィリーの痩せた指をリーゼからもぎ離すと、鮮やかなアッパーカットをくらわせた。 ヴィリーは弓のようにのけぞり、呻き声をあげて石畳に引っくり返った。
 仁王立ちになって、ヴァルは酔っ払いに指を差しつけ、怒りを込めた声で命じた。
「この人に近づくな! 今度現れたら、二度と立てないようにしてやる」


 ヴァルと視線を合わせないように顔をそむけたまま、ヴィリーは這いずって街灯まで逃げた。 柱に捕まってどうにか立ち上がると、血の混じった唾を吐いてから、かすれ声を出した。
「俺は娘の居所を訊いただけだ。 俺のかわいいエリーのよ」
「あれっきり会ってないわ。 五月の末にエリーが出ていって以来、全然。 おじさん、信じて。 本当に知らないのよ」
 リーゼは真剣に話しかけた。 だが、戻ってきたのは猜疑心に満ちた視線だけだった。
「そうやって庇うがいいさ。 見つけてやる。 絶対に見つけ出してやるからな」
「去れ!」
 ヴァルに鋭く脅されて、ヴィリーはわざと弱々しく足を引きずりながら、急いで遠ざかっていった。


 両手をギュッと握り締めて、リーゼは侘しい心持ちでヴィリーの後ろ姿を見送った。
 気がつくと、ヴァルの手が優しく顎にかかって、顔の傷を調べていた。
「指輪をはめていたらしいな、あの悪党。 ここに擦り傷ができてしまった」
「大丈夫よ、このくらい。 転んだと思えば」
 元気に見せようとして、リーゼは微笑んだ。






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