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表紙

金の声・鉛の道
―31―


 それから半時間ほど庭を散策し、花壇の近くにあった二人乗りのスウィングで休んだ後、ヴァルはそろそろ帰ろうと言い出した。
 太陽はまだ高かった。 吹き渡る風は森の香りを運び、庭の花は揺れて遊び心を誘っていた。
 だが、リーゼはすぐ素直にうなずいて、元の部屋に戻った。 そして、テーブルに広げた物を片づけ、バスケットにしまいこんだ。
 ヴァルは窓を閉め、戸締まりをした。 それからリーゼの傍へ戻ってくると、ボンネットの紐に優しく手をかけて、形のいい蝶結びを作りあげた。
 芸術家のように少し離れて、大きく広げたリボンが釣り合いよく広がっているのを点検してから、ヴァルは笑顔になった。
「君は顔立ちがはっきりしていて、華やかなものが引き立つね」
 リーゼは目を丸くした。 そんな風に自分の顔を見たことがない。 派手だろうか。 全然わからなかった。
「髪を結い上げて、大きな羽根扇を持ったら、王女さまのように見えるよ、きっと」
「ピンクが似合うといわれたことはあるけど」
 リーゼが遠慮がちに言うと、ヴァルは両腕を大きく広げて、暖かく抱きかかえた。
「ピンクだけじゃない。 白もクリーム色も、赤だって似合う。 君には明るい光がふさわしいんだ。 灰色や黒じゃなく」
 腕に一段と力がこもった。 やがて顔が近づき、自然に唇が合った。


 口を閉じたままの、上品なキスだった。 それでもリーゼの心は舞い上がり、頬にみるみる血が昇った。
――大好き。 大好きよ、ヴァル。 あなたとなら、いつも一緒にいたい。 話していても、黙っていても、あなたといれば、こんなに楽しい――
 目を閉じると、瞼の裏に虹がきらめいた。 ヴァルの指が頬を伝い、顎に触れて静かに持ち上げた。


 顔が幾度も重なった。 その度に呼吸が速くなり、お互いの体に快い震えが走った。
 だが、やがてヴァルは、やっとの思いで胸を離し、身を遠ざけた。
「いけない。 こういう形で君と結ばれたくない」
 うつむいた顔で、切なげに眉がしかめられた。
 大事にされているんだとわかっていても、リーゼは物足りない思いがして、テーブルに寄りかかった背の高い姿に手を差し伸べた。






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