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表紙

金の声・鉛の道
―30―


 ヴァルはすぐ後悔した様子で、急いでリーゼを抱き取り、膝に乗せて頬ずりした。
「ごめん! また八つ当たりしちゃったね。 君は優しくしてくれるのに、心配させることばかりして、僕は我がままだ」
「いいのよ、あなたこそ優しい人だわ。 そんなに気にしないで」
 そう囁きながら、リーゼは彼の耳にキスした。 柔らかい巻き毛が覆う、すっきりした襟足にも。
「今日のあなたは笑ってくれた。 素敵な笑顔だったわ」
「春だからね。 明るい陽が照っているんだから」
 言葉とはうらはらに、憂いを帯びた声で、ヴァルは囁き返した。
「君を幸せにしたい。 心からそう思ってるんだ。 信じてくれるかい?」
「ええ」
 ためらいなく、リーゼは答えた。 ヴァルのいう『幸せ』とはどういう意味か、深く考えずに。
 そのときリーゼは、二人が同じ夢を見ていると、無意識に思い込んでいた。




 しばらく、巣の小鳥のように身を寄せ合っていた後で、二人は庭を見に行くことにした。
 主がいない間も別荘番に手入れさせているとかで、花壇はきちんと整い、雑草や石ころは取り除かれていた。
 白い垣根に巻きつき、こんもりした紅色の花をたくさん咲かせている蔓薔薇を見つけて、ヴァルはポケットからナイフを取り出し、一輪切ってリーゼに渡した。
「こんなに咲いてるから、一つぐらい貰ってもいいだろう」
「ありがとう。 いい匂い」
 リーゼは絹のような花びらを撫で、顔を寄せて香りを楽しんだ後、大事にバスケットへ入れた。
 それから二人は、手を握り合って裏庭へ回った。 そこは長方形に開けた地面で、四角く区切ってあり、真ん中に金属の棒が二本立っていた。
 穴のあいた棒を触って、ヴァルが説明した。
「テニスコートだよ。 ネットは確か、あっちの物置小屋にあったはずだ。 テニスしたことは?」
 リーゼは首を振った。
「ないわ。 見たことはあるけど」
「じゃ、今度来たとき教えてあげる」
 ヴァルは楽しそうに言った。






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