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―27―
食事が終わると、二人はまた手を繋いで、広い別荘の探検に出かけた。
部屋が幾つも、幾つもあった。 半分くらいは鍵がかかっていたが、それでも中に入れる美しい部屋が十以上あった。
リーゼは特に、テラスが二重に張り出して広がる明るい部屋に夢中になった、
「きれいねえ。 ここだけでうちの食堂の四倍はあるわ」
「内輪の舞踏会をやるときに使う部屋だ。 ピアノが据えつけてあるだろう? あそこに楽団が陣取って、ワルツやカドリールを奏でるんだ」
そう言うと、ヴァルはさっさと長方形のピアノ椅子の前に行き、坐ってピアノの蓋をあけた。
「簡単な曲なら伴奏できるよ。 これは? 知ってるかな」
ヴァルが一本指でメロディーを引いた。 とたんにリーゼは彼の横に跳んでいった。
「知ってる! 『菩提樹』でしょう? 男の人向きの歌だけど、でも私知ってる」
「君の声域だと、G〔ゲー〕ぐらいかな」
キーが上がった。 リーゼは戸惑い、両手を強く握った。
「Gって? 音の名前? 私勝手に歌ってるだけだから、そういうのわからないの」
「気にすることないさ」
ヴァルは淡々と言った。
「ずっと聞いていてわかったんだが、君は同じ歌を、いつも同じ高さで歌い出すよね。 音程が自然に身についているんだね。
ほら、この音」
指が鍵盤を一つだけ押した。
「これがC〔ツェー〕。 後はアルファベット通りに呼べばいい。 次は、D〔デー〕、次はE〔エー〕」
音階を七音押して、またCからの繰り返しになった。
リーゼは喜んで、ヴァルの横に座り、ド、すなわちCの鍵盤をそっと叩いて見た。 遠慮がちにやったので、頼りない音が出た。
「これが最初の音ね」
「その通り」
「なぜAから始まらないの?」
「それはね」
ヴァルは二つ下の鍵盤から一オクターブ弾いてみせた。
「昔はこの音階だったから」
リーゼは首をかしげ、自分も順番に弾いてみた。
「なんだか悲しげな響き」
「昔はみんな悲しかったのかも」
「私はこっちの方がいい」
Cから始まるハ長調の音階を叩いて、リーゼは陽気に笑い、ヴァルの肩に寄りかかった。
互いの巻き毛が触れ合い、もつれ合った。 ヴァルの口が、ぴりっと痙攣した。 娘を誘惑する若者には、願ってもない状況だろうに、彼はむしろ、どこかが痛むような表情になっていた。
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