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表紙

金の声・鉛の道
―25―


 半円形のガラスを嵌めた扉を開くと、そこは明るい台所だった。 ヴァルはつないだ手を離さず、そのまま長方形の土間を突っ切って廊下に入った。
 右に曲がって彼が向かったのは、短い廊下の端にある部屋だった。 居間として使われているのだろう。 畝織りの暖かそうな椅子が並び、大きな暖炉が左手の壁半分を占領していた。
 その前にかがみ込み、ヴァルはほだ木を使って上手に火を起こした。
「ここで湯を沸かして紅茶を作ろう。 さあ、そのバスケットには何が入っているのかな?」
 にこにこしながら、リーゼは丸テーブルにハンカチを二枚敷き、パンとチーズ、ソーセージ、それにワインの瓶を並べた。
 ヴァルは、棚からブランデーの瓶を下ろしてきた。
「これを紅茶に入れるとおいしいんだよ」
「素敵ね。 そんな贅沢したことないわ」
「じゃ、湯が沸くまでちょっと待っていてね。 僕は馬の世話をしてくるから」


 ヴァルが馬車を裏庭へ引き入れて、馬に水を飲ませている間、リーゼは青い花模様の壁紙や、暖炉の上にかかった丸い額を眺めた。 額は三つだけで、厳めしい髭を生やした青年紳士と、憂い顔のレディー、その真ん中に金髪の幼児、の順番で並んでいた。
 この若いご夫婦が別荘の持ち主なのね。 いいなあ――リーゼは絵を交互に眺め、指先でつやつやしたテーブルを撫でた。 こういう豊かな家族は、夏には静かなここの別荘へ、冬は暖かい地中海へと、優雅に移動するのだろう。
 もう一度肖像画を見上げて、リーゼは少し気持ちを変えた。
――でも、絵の奥さんは笑ってないわ。 ご主人もムスッとしている。 美男美女で、かわいい赤ちゃんもいるのに、なぜ?――
 ヴァルの友達は幸せじゃないんだ、と、リーゼは感じた。 二人とも描かれた目に光がなかった。
――そう言えば、ヴァルも前は暗かった。 今ではだいぶ打ち解けてきたけど、まだ影は残ってる――
 鈎に吊った小さなヤカンが、シューッと陽気な音を立てた。 沸騰してきたようだ。 リーゼが身軽に立ち上がって暖炉に近づいたとき、速い足音がして、ヴァルが戻ってきた。
「あ、ちょうど間に合ったね。 ポットと茶葉を持ってきた。 それにカップも」
 銀色の盆にセットを載せて、ヴァルは手際よくテーブルに置いた。
 気配りがいいので、リーゼは内心驚いた。 ヴァルのような階級の人は、召使に指図するだけで自分では何もしないし、たぶん出来ないだろうと思っていたのだ。





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