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表紙

金の声・鉛の道
―24―


 ウイーン市街地の外に広がる森までは、少し距離があった。 だからヴァルは、歩いていかないでもいいように、軽い一頭立ての馬車を借りてきたのだった。
 大喜びで、リーゼはヴァルの手を借りて座席に上がった。 下では埃を舞い上げるだけだった町の風も、馬車の上では心地よい春の息吹きに感じられた。


 ウイーンの『森』と言うが、実際は長く広がる山の裾野で、木々の間に村が点在し、斜面では葡萄畑が日を浴びていた。
 リンクを離れた馬車は、のんびりと南西の方角へ進んでいった。 クヌギやコナラの梢から、蹄の音に驚いた鳥がけたたましく鳴きながら飛び立っていく。 それ以外は、ほとんど風の唸りのない穏やかな昼下がりだった。


 やがて、ヴァルが木立へ消えていく小道を鞭で指した。
「あっちへ行ってみないか? 友達の別荘があるんだ」
 リーゼは少したじろいだ。 できれば二人きりでいたい。 友達に紹介されるのは気詰まりだった。
「急に行ったらご迷惑じゃない?」
 ヴァルは首を振って微笑んだ。
「いや、今は誰もいない。 あの一家は夏にならないと来ないから。 僕がこっちに住むと聞いて、好きに使えばいいと言って鍵を渡してくれたんだ」
それを聞いてリーゼは目を輝かせた。 庶民には、お金持ちの別荘なんてめったに入るチャンスがないのだ。 好奇心で一杯になって、リーゼは体を乗り出した。
「それなら行ってみましょう。 なんて名前のお家?」
「黒松荘。 ハルテンベルク家の別荘だよ」


 ゆるやかにうねる道は、小高い平地に続いていた。 クリーム色の壁に黒い柱が映える長方形の建物を、リーゼは感心して見上げた。
「立派な別荘ね。 山荘みたいなものかと思ったら、町のお屋敷みたい」
 ヴァルは鍵束を出して、大きな鉄門を開いた。 別荘には本当に誰もいないらしく、窓すべてにカーテンが閉まり、ひっそりしていた。
「表玄関の扉を開けたんじゃ大げさだな。 たしかあっちに通用口があるはずだ。 台所が近いから、すぐ火か起こせるよ。 行こう」
 二人はしっかり手を握り合い、冒険をしている気分で庭を横切った。





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